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2016年6月10日 (金)

今日も今日とて(ボウリング等)

☆ボウリング

今日は、前回(6月1日の練習日)から練習1回例会3回計19ゲームこなしているが、成績は捗々しくなく平均すると120点台のアベレージにとどまっている。原因は、インストラクターの指導を受けてフォーム改造を試みたことにある。我流でやっておれば良かったのかも知れないが、欲を出してアベレージアップを企んだことにあるようである。当面試行錯誤が続くことになるであろう。こう言った時は「健康ボウリング健康ボウリング」と唱えて開花を待つしかないであろう。

☆読書

◎「老いを愉しむ言葉 保坂 隆編著」を読む。筆者は慶応大学医学部を卒業しているが、世界、日本の有名人(哲学者・作家・詩人・学者・音楽家・政治家・思想界・宗教家等々)の言葉(格言)について語りながら事例を上げ解説する文章からなっている。どれもこれもなるほど、そうだそうだと共感するところが多いが、読み終わると殆んど記憶に残っていない。幸い老い先短い吾輩なので、一つだけインパクトのあったドイツの宗教家ルターの言葉を記憶にとどめておこう。「死は終焉ではなく、人生の完成である」

◎イギリス流「融通無碍」のススメ 渡辺幸一著を読む。著者は1990年イギリスに移住したらしいが、長年のイギリス生活経験を通して日本人とイギリス人の違いを多方面から語ってくれる。なかなか面白い内容であった。

◎「まともな人 養老孟司著」「ぼちぼち結論 養老孟司著」を読む。脳の優秀な人は、回りくどくぐだぐだ説明するので、大雑把で理解力に乏しい脳の持ち合わせしかない吾輩は、この程度の本(発言失礼)でも眠くなるし、読んだ後は忘れている。人間として素材・素質の乖離は如何ともし難く浅知恵と深知恵の思考能力の差は大きすぎる。ただ言えることは、同世代で戦前・戦後を生き、逆らえば非国民扱いの戦前の窮屈な時代(子どもの頃で実感はない)、人生の大半を民主主義と自由を謳歌する時代に生きているので考え方に共通する部分はあった。著名人ではあるが、文章からは偉ぶったところはあまり見られず、世間・常識にとらわれず、昆虫採集を楽しむ自然体の人間らしさを感じた。

※世界情勢の変遷の中で、きな臭い時代に突入したが、戦争の無い良い時代に生きてきたことはラッキーだったな~。今日、教育・社会・経済・医療等々のルールの緻密化の中で、生きにくい窮屈な時代が到来したが、世界情勢、経済、政治家・官僚・企業家のなせる業でどうにもならない。

◎「脳を丸裸にする質問力 増田剛巳著」を読む。プロフィールを見ると大阪桃山学院大学を卒業、上京後コラムニスト兼ビジネス系ライターをしていたとある。内容は、タレント、作家、職人、ビジネスマン等々の取材経験を通じて会得した質問方法を公開している面白い本であった。物の見方によっては、今はやり詐欺商法の参考になるようで、悪徳業者の参考書的要素を秘めているようにも思われた。まあ、読んで理解し利用する人によっては、悪用されるかな~と高貴高齢者は取り越し苦労した。

◎「他人に流されない人ほど上手くいく 石原加受子著」ノウハウものあるが、現役ではない高貴高齢者にはあまり参考にはならなかった。

☆雑感

◎菜園整備(9日)

昨日から菜園の拡張に着手した。約50%の拡張である。ブロックの積み直しで腰が痛くなったが頑張った。今朝は、拡張に伴って不足する煉瓦、敷石、肥料、腐葉土を買いにガーデニング専門店へ行く。午前中に一応完了する。デジカメにおさめる。午後は近場のあじさい園へ行く。

ビフォア&アフター

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◎ジャガイモ(6日)

菜園のジャガイモ(男爵)を2カ所掘ったが、まあまあの大きさの芋が取れた。生ごみを菜園に埋戻しをしながらの栽培であり無農薬である。昼食には、家内がテレビの料理番組で見た料理法で、ジャガイモのガレットが食卓にのった。無農薬米ご飯のおかずの一品として食したがなかなか面白い味であった。

◎麓食堂(5日朝刊から)

帆柱山登山口の「麓食堂」の記事がでていた。以前ブログ「帆柱山」に書いたことがあるが、若い頃、夏の暑い日にトコロテンを2杯食べたことを思い出す。あの時は、初代の店主夫婦が切り盛りしていたのだろう。その頃は、製鉄発祥の地として、日本の基幹産業である鉄鋼華やかなりし時代で、煙突から吐き出される七色の煙で有名な公害都市であった。今は、娘さんと言っても60代後半の人が、鉄鋼合理化で人口もめっきり減ったが、時の流れの中でゆったりと商売を続けているらしい。

◎河川美化日(5日)

散歩に出ると、ボランティア袋を持って河川周辺のごみを拾っている人たちに出会う。川では、大人たちの指導を受けて子ども達がボート乗りの練習をしていた。狭い川ではあるが、それでも30艇近くが浮いていた。小学校の校門付近には環境職員と塵芥車が待機中であった。一般市民はボランティアであるが、市職員は仕事(超勤手当)である。この差は大きい。とはいえ、河川も周辺も見違えるように綺麗になっていた。

◎蛍

最近は日頃飲酒しないようになったので(禁酒による人生の先送り?)、夕方買物を兼ねて蛍を見に行く。小雨が降っており蛍も濡れるのは嫌なのかな~?飛んで点滅させるのも少なかった。暗闇の雨の中で傘を持ってデジカメで撮ったが、帰宅後確認したところ何を写したか判らずボツにした。写し方の学習をしてもう一度天気の良い日に出直そうかな~

◎モハメド・アリ(5日の新聞・朝刊)

元世界チャンピオン モハメド・アリの死去を伝えている。ベトナム戦争での入隊拒否は有名である。

◎流用(3日の朝日新聞・朝刊)

地方の警察署・警部補が、捜査費を49万円流用が発覚し懲戒免職されたと記事にあった。どこかの厚顔無恥のトップは、海外旅行、別荘行き、コンビニ等買物に公費を使い、釈明にもならない釈明をしながら辞任もせず首長の椅子にしがみついている。これは権力者の一端を担う複雑怪奇な政界の一員だからかな~

2016年6月 9日 (木)

今日も今日とて(紫陽花)

数日前にNHK地方ニュースで近場の金山あじさい園開園のニュースがあっていたので、久しぶりにドライブに出た。ほぼ1時間程のところなので、高貴高齢者の運転には負担にならないだろうと思った。カーナビに電話番号を入力して案内されて着いたところが町役場であった。可笑しいな~こんなところで紫陽花まつりをやっている筈はないと、それから少しウロウロして目的地に着いた。後で分かったことは町の観光係の電話番号であった(町役場の電話番号がホームページに記載されていた)。会場は、丘の中腹にあり紫陽花が所狭しと咲いていたが事務所らしきものはなく、小さなテントが1カ所張ってあり、道の駅の出張所の貼札には「今日は完売しました」とあった。地方に住んでいると、自然が一杯のこのような素朴なイベントに出くわしほっとするのである。綺麗な紫陽花を何枚かデジカメにおさめる。

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2016年4月 8日 (金)

旅立ち

桜の散り始めの頃、孫の早い旅立ちである。小学校を終えたと思ったら、見知らぬ町での中学校へ進んだ。昨日は春雷の中での入学式であったが、娘からの是非、入学式に出席してほしいとの願いであったので、遠慮はしたが、残された人生の中ではこう言った機会もそうあるものではないので、内心嬉しく家内共々出席した。校長、来賓等々の挨拶が続いたが、興味深い話も多く、それぞれの方たちの話術もすぐれており、一昨日の宿泊先で飲んだ酔いが少し残っていたかな~?と言ったところであったが、居眠りすることなく最後まで耳を傾けた。入学式での新入生入場では、孫の晴れ姿を見た。甘えん坊のように思っていたが、しっかりした足取りで入場、顔も引き締まり利口そうに見えたし、成長の速さに驚いた。これから6年間、山あり谷ありの日々が待っているだろうが、健康に注意しながら「無事是名馬」で無理をせず「文武両道」で勉学にスポーツに励んでくれることを爺としては願っている。だが、入学式出席のための車での往復は、久しぶりの長距離ドライブであり、しかも、春の嵐のお蔭で運転も楽ではなく、ハードな2日間であった。疲れた。

☆ ボウリング

今朝は、ボウリングの例会にのこのこ出かけたが、クラブリーグの順位決定戦であった。我がチームはハンディを沢山貰っているリーグチームで、自慢ではないが最下位の実力である。ハンディをフル活用して、2位につけていたので、ダントツ1位のチームと優勝戦を争った。結果は不思議なことに優勝した。これぞ春の珍事「棚から牡丹餅」である。来週は表彰式があるが、どんな賞品を頂けるのかな~楽しみである。「中庸をもって本分とすべし」をモットーする吾輩は、チームの真ん中の成績であったが、日頃のアベレージから見ると悪かった。「まだまだ道険し」と言ったところか。

☆ お出かけ記念に、雨の川沿いと街を撮る。

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2016年1月 1日 (金)

初詣

この神社のある町は、筑豊の炭鉱町の中心として栄え、機関区があり石炭を積みだす蒸気機関車と貨物列車が並んでいた時代もあった。今は、国鉄清算事業団によって広い構内も切り売りされて、スーパー、飲食店等が立ち並ぶ町も一部出現したが、旧市街は老朽化した家屋がごちゃごちゃ立て込んでおり、昔の面影を強く残す町である。1950年代は周辺の炭鉱から炭坑労働者や家族が買物に来る商業地として賑わっていたことだろう。炭坑経営と成金から来た由来の「成金饅頭」は名物として、今も何軒か商売しているようである。過酷な炭鉱労働者は酒だけではなく、甘いものも好まれたのだろう。この町の成金饅頭はローカルであるが、隣町の「ひよこ饅頭」は、福岡土産であり東京土産でもあり知名度は高いようである。初詣の神社は、この町を見下ろす高台にあり、雑多な町と鉄道と遠賀川と福智山が見渡せる見晴らしの良い場所に鎮座している。この神社との付き合いは、40年になるだろう。何故か、娘が生まれた時から、毎年元旦にお参りする習慣がついてしまい、ほぼ欠かさずお詣りしてる。娘の小さい頃は、宮参り等で年に何回か来たこともあったが、今は年に1回である。今年は、天気もまずまずで、早めに来たので参拝客も車も少なく、猿回しも準備中であった。我家のお詣りは、あみだくじを引くぐらいで、神社の運営にとっては余り良い参拝者とはいえないだろう。出店でも孫に綿菓子を買ってやる程度ある。それに恒例となっている猿回しを見ることである。18年と言う長寿の猿のワンパターンの演技を見る。籠が用意されており20分程度の演技が終わると、見物客は10円50円100円の小銭を入れる人ばかりである。1年1回の18年であるが、猿は認識していないだろうが、猿回しは、家内が来ると顔を覚えているようである。家内は、動物が好きで、神社のお賽銭は100円なのに、1,000円札を奮発するからである。今年は、申年なので私も1,000円を渡すと、猿は興奮していたが、猿回しも嬉しそうな吃驚した顔をしていた。偶然の積み重ねで来年も初詣に来ることになれば、奮発することになるのかな~

今日の風景をデジカメにおさめる。

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2015年11月22日 (日)

英彦山

散歩後、図書館へ行き、そのまま英彦山に紅葉を見にドライブをする。英彦山は羽黒山(山形県)・熊野大峰山(奈良県)とともに「日本三大修験山」と言われているそうで、山伏の坊舎跡など往時をしのぶ史跡が残っている。この山をJR九州彦山駅前から車で登るのには、改良された道路といえども沢山の曲り角があり大変である。老いた身に鞭打ってどうやらこうやら古びた旅館や土産物店ある途中の登り口に着いた。紅葉はいまいちと言ったところであった。限界集落と言うか昔のままの風情で、若い頃から今日に至る迄、紅葉の季節には度々訪れたことがあるが、変わらない風景でタイムスリップした気持ちになる。少しお腹も空いたので山かけ蕎麦でも食べようかと思ったが、駐車場傍の店は混雑していたので、少し離れたところの店に寄ることにした。以前食べた古ぼけた店が残っていたので、のぞいて見ると店の中はガランとして何年か前に閉店している雰囲気であった。仕方なく早々に耶馬渓へ向かう。100幾つかの曲がり角を超えて大山町に入ると、町おこしで案山子のイベントをやっていた。町のあちこちの20位の場所で田んぼの中に案山子をいろんな形で展示していた。これは面白かった。この辺は山国川の源流に近く、清流を見たが澄み切った水面は地面と錯覚させるほど素晴らしかった。菊池寛の「恩讐のかなた」で有名な青の洞門を横目に見た後に高速道で帰宅した。帰宅後の麦酒は喉をスーと通り過ぎて行った。

今日のドライブ写真から 彦山駅・本社に向けての石段(上段) 案山子イベント 何か懐かしく感じる(中段)山国川清流と天然記念物由来(下段)

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2015年9月20日 (日)

フルーツ狩り(ドライブ)

フルーツ狩りと言っても、別に自らの手で、ブドウやナシやリンゴをもぐわけではない。JAの道の駅等を転々として買うだけである。運転するのは高齢者の吾輩である。官僚(糞!失礼な発言御免)が名付け親の後期高齢者である。世界の各地は、韓国(郡山・釜山を除いて)は、作家や著名人やタレント、芸人のように、生涯言うところ外国に行ったことない吾輩ではあるが(飛行機嫌いが原因)、日本国内は、東京から以西を車で走り回ったので、自慢ではないがこの地域は、我が家の庭のようなものである(ちょっと大風呂敷をひろげたかな~)。ただ、後期高齢者(糞!勝手にネーミングされて重ね重ね品のない発言)だが、老化は如何ともし難く、正直なところ長時間の運転は疲れる。朝から若干の昼食(コンビニおにぎり)の休憩時間を除いて、7時間程度ハンドルを握っていた。帰宅すると、アルコール依存症とまでは勝手に思っていないが(人がどう思っているかは別として)、麦酒が無性に欲しくなった。冷え冷えのアサヒビールプレミアム(過去はスーパードライ)を家内のインスタント手料理(国産豚肉ともやしの炒め物)と減塩鰯の味噌漬等で小3缶を飲む。後は、100円玉を入れて6個100円で買った浮羽の柿(清水寺「せいすいじ」傍の無人の店)とドライブ中の道端(朝倉市)で買ったリンゴを食す(この温暖な地である九州でも、早い時期に、相当前からリンゴが栽培されるようになっているのです)。これも、吾輩のように素朴な人間に相応しい上品と言うか薄味であったが、負け惜しみではなく、高くてどきつく味覚を壊される柿やリンゴでなくてよかったと思っている。

今日のドライブ中の風景を撮る。耳納連山、吉井町の街道筋の屋敷と疎水、道の駅からの筑後平野を望む、小石原峠下の咲き誇る彼岸花。

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ついでに、

今朝の朝日新聞から19日未明、首相の記者会見から「平和安全法制は国民の命と平和な暮らしを守り抜くために必要な法制で、戦争を未然に防ぐものだ」。それはそれでよしとして、憲法との整合性についてきっちり説明してよ!これから先は、国民大衆は、議会多数派の横暴に対して、憲法12条が掲げる、不断の努力で対抗するだけでしょう。

2015年6月27日 (土)

紫陽花2

地域活性化のためのイベントが彼方此方で花盛りである。メディアの紫陽花の見頃もここ数日(賞味期限?)、65,000本と言う宣伝文句に煽られて、雨が降ったりやんだりで、どんよりと曇った空ではあったが、のこのこ出かけた。渋滞もなく高塔山の山頂駐車場に簡単に着いたが、駐車する車もまばらだった。それなりに紫陽花は美しかったが、一部は色褪せて終わりに近い花も見受けられた。展望台からは、雨曇りの空へ、製鉄所の煙突から吐き出す煙も見られた(公害華やかなりし時代から天気の悪い日は煙の色が濃ゆかったが、今も同じようなことを企業はやっているのかな~?)。展望台からは、1962(昭和37)年開通した「若戸大橋」も見えたが50年以上経つのに健在である。ブラブラ散策したが、イベントイベントと言うわりには、人も少なく拍子抜けであった(人込みを好まないので好都合であったが)。

小雨に煙る風景を何枚か撮る。紫陽花のてんこ盛り(上段)音楽堂周辺の紫陽花(下段左側)展望台から若戸大橋を望む(下段右側)

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本根?(余禄)

この前まで、NHKの経営委員をしていたらしいが知らない作家である。「沖縄2紙をつぶさないと」と「冗談を言った」のだとメディアを賑わしている。擁護するとある知事は、この作家にも「表現と言論の自由」があると言っているが、それ以前の問題と思っている。戦前、戦後の沖縄の歴史、沖縄県民の犠牲を少しでも知り理解しておれば、沖縄県民の心情を逆なでするような冗談は言えるものではないと思う。

「晩成の郷」の野菜等の成長振りを撮る。胡瓜・トマト・茄子(上段左側)南瓜(上段右側)さつま芋(下段左側)琉球朝顔が今年も花を咲かせ、勢力範囲を拡大中です。頑張れ沖縄!(下段右側)

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2015年6月15日 (月)

紫陽花

昨年も新聞の地域欄で見た「あじさい祭り」に行き、ブログで発信した記憶がある。今年も、ローカル版の新聞、テレビを見ていると「あじさい祭り」がでていた。土日の混雑を避けて出かけて来た。高速道路が少し延長されたとはいえ片道2時間余り、1車線通行の部分もあり、若いドライバーに気を使いながら(追い越したいだろうな~)の運転は疲れる。1部2車線の所に来ると、若い人達は元気よく凄いスピードで追い越して行く(ノロノロ運転がと思っているだろうが)、やれやれと言った気持ちになる。途中で高速道路の繋がっていないところがあるが、みかん畑の所有者が抵抗しているらしい。自分の大事なみかん畑が高速道路によって分断される気持ちは、心情的には十分理解できるが、利用者としては辛いところである。同じ抵抗するなら、原子力発電所、核兵器、戦争参加(予定)に反対して貰いたいと思ったりする。昼前に到着、今年の紫陽花も綺麗であった。遠い道を辿り来た甲斐はあった(今年の紫陽花を撮る)。帰途は、高速道路ばかり走ると疲れるので、一般道を走り、コンビニでお握りを買って、神社の境内を拝借して昼食にした。鬱蒼とした樹木に囲まれた由緒あるような神社(大富神社)であった。奉納された石碑?を見たが、太平洋戦争前の千円(現在の200万円程度)の寄進が記されていた。この郷土の出身で、大阪で立身出世した人なのだろうか?郷土愛の素晴らしさを垣間見た気持ちにさせられた。ついでに、久しぶりにと言うか、何十年かぶりに、平尾台(青春時代の思い出はあるが、ここではパス)をドライブする。平日のせいかも知れないが、すれ違う車もほとんどなく、整備されたパーキングはがら空き状態であった。若い頃は、人出が多かったような気がする。今もこの自然は素晴らしいとは思うが、あちこちに朽ち果てたような建物が点在し、限界集落的な景観を感じさせた。今日は、疲れていたのだろう。帰宅早々に午睡するも、1時間ほどで起きると元気を回復した。ガソリンもエンプティ、麦酒もエンプティなので、給油と麦酒を買いに走る。麦酒小2缶飲んで、珈琲を飲みながら今日の日記を纏める。1日無事に終わったようである。明日も無事是名馬を願っている。

紫陽花と田園風景

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寄進碑と大富神社

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 平尾台と天然記念物碑

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2015年5月22日 (金)

同窓会

日常生活はマイカー利用で、買物・送迎・旅行等も車ばかりであり、滅多に公共の乗り物は利用しない。今日は、久しぶりに同窓会出席のために電車に乗った。切符の買い方、電車の発着等で不安があった。プラットホームで見る乗降する人たちが、若々しく、階段の昇降もスピディ、今風の服装の華やかさに戸惑いを感じた。どうやら、目的地には、早め早めの対応で早く着いたが、駅の広場で1時間近く懇親会場の迎えのバスを待つことになった。小学校中退?(終戦直後学童疎開で母の故郷へ4年間おり、終戦と共に疎開先の母の故郷からO市へ戻った。)で同窓会に入って十数年になる。そもそも同窓会に入った理由は、紆余曲折があり、50年ほど前に母の故郷で就職したことです。無事に?勤め上げ、第2の職場で小学校の近くに勤めることになったことが理由です。そこへ、同級生のTさんが訪ねて来て、説得されて同窓会に入りました。まさに浦島太郎の世界であり、37年振りの60歳の還暦を迎えた時には1泊2日の同窓会旅行に参加しました。同級生の顔も身体も記憶に残っていませんでしたが、第二の職場近くで見知った人が同級生であったことには、お互いに驚いたものです。あの同窓会から、何回か出席して、少しずつコミュニケーションが出来るようになりました。それでも、小学校、中学校と同級生同士の会話には少し違和感を持っていたようです。とは言いながら、参加すると何か懐かしく感じ不思議な気持ちになったものです。今日も、みんなの自然な会話に芯からとけこめないものの、酒を酌み交わし話が弾む中で、同級生だと言う気持ちが、ほっとするような安心感を持たせてくれました。この歳になると、黄泉の国へ旅立ったものや、寝たきりや介護される世界で生きている同級生もいるが、こうして同窓会に出席できることは、良かったなあ~と思うのが実感です。そうそう、今も元気で現役のTさんに、「生涯現役がうらやましい」と言ったら、前にいたOさんが、「健康に生きていることが生涯現役だよ」と即座に言われました。その言葉を聞いた時、自分の欲の深さに反省しきりでした。毎日のように散歩して、気まぐれなブログを書き、PCで日誌を綴り、菜園に出向き、時々経済(株価)の状況を見て、健康に留意(5年以上続く血圧、体脂肪測定、32歳からの健康診断記録等)しながら過ごし、生きていることに、神仏でなく、天命に感謝した。同窓会は、良い意味でのショックを与えてくれる感謝の1日だったと思います。家内が電停まで迎えに来てくれて、酒で少し赤くなった顔で帰宅しました。

Fさんに管理して貰っている「晩成の郷」菜園の状況を撮る。枝豆、胡瓜、茄子、トマト、ジャガイモも元気に成長し、さつま芋も苗がついたようです。有難いことです。6月はジャガイモの収穫、10月以降にはさつま芋の収穫、期待してま~す。ピラカンサの花も実になりつつあります。今年の暮れから立派な実になり、小鳥たちのご馳走?になるでしょう。

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2015年5月 7日 (木)

旅行

連休中に、近場を2泊3日のドライブ旅行をした。365日ほとんど家族のためにおさんどん(掃除・洗濯・三度の食事・買物・孫の送迎等々)をしている家内を慰労するためです。何で年寄りが人出の多い連休中に、わざわざ旅行するのか不思議に思われるかも知れないが、この時期しか、旅行のチャンスがないので仕方がない。一般的には、年寄りは、平日で割安な旅行をゆったりする。私もそれの方が、都合が良いに決まっている。宿泊代金等何かにつけても安い、道路渋滞にも会わないし、宿泊先もゆったり応対してくれるし格安です。連休以外の旅行が良いに決まっている。しかし、3世代家族なので、テレビなどで見る連休のUターンで、「またおいで・楽しかった・寂しくなる」とのコメント等とは真逆の日々を送っている。年がら年中拘束されるような生活をしているから、こんな時しか旅行のチャンスがないのである。そう言うことで、人出が多く、宿泊料金も割高、ホテルでの朝食も食堂入口で早めに行って並んで待つ、高速道路渋滞、サービスエリア、観光地等々混雑のする中で、山鹿、阿蘇、久住への2泊3日の旅に行ってきました。山鹿温泉の「さくら湯」は、市が運営する立派な面構えの温泉である。数年前に建て替えたそうですが、以前の温泉の方が慣れ親しんでいたので、少し違和感を覚えたものの、泉質は以前と変わらずぬるぬるして、温度も低く、いつまででも入っておれるところは少しも変っていなかった。この日は、肥後の殿様の参勤交代豊後街道筋にあり、昔宿場町として栄えた大津町のホテルに宿泊、翌朝は一直線の農道を60分歩く。空気も澄んでおり爽やかな朝でした。阿蘇は、家内のお気に入りのさるまわし劇場、連休中で子供連れが目立ったが、客の入りは少なく人気の無さを象徴していた。終演時に家内がお札をお猿に握らせたら、猿回しの女性が猿の代わりにお礼を言っていた。久住に向かう途中大観峰と阿蘇神社に寄る。大観峰は普通車と自動2輪車のラッシュで展望台迄行きつかず、遠方から眺めた。阿蘇神社の楼門は日本3大楼門の一つに数えられており風格があり、こちらはどうやらこうやら見学できました。ついでに、滝廉太郎(荒城の月)の故郷竹田市に寄りましたが、以前来た時と変わらず山と崖とトンネルに囲まれた町でした。岡城址を見学して久住高原コテージ(ホテル)に到着、周辺は、テントとキャンピングカー、家族連れで一杯、温泉大浴場も芋の子を洗う状況で、自然の中に都会から沢山な住民が移動してきた状態でした。しかし、自然環境は素晴らしかった。これは価値がありました。2日目は早々に出発して、九重“夢”大吊橋へ、ここは連休中にしてはそれほど混雑もなく、ラッキーでした。ここの眺めは、橋がユラユラ、足もふらふらでしたが周辺は絶景でした。後はスイスイ高速道路で早めに帰宅する。行きがけに高速道路の事故渋滞に巻き込まれた以外は、ほぼ順調に旅ができ、宿泊経費が平日と違って割高を除いて一応満足と言ったところです。3日間で走行500kmの運転は、ご老体には疲れました。

アチコチでデジカメを撮りました。帰宅後一杯気分でPC取り込み中、間違って削除したのか青くなりましたが、別の場所に保存していたのを見つけ出しほっとしました。その時の一部です。

山鹿市は豊前街道筋です。湯量の豊富な温泉地で、「さくら湯」は元湯と言われてます。

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豊後街道筋の大津町付近、朝ウオーキングした農道と熊本空港に近い宿泊したホテル

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阿蘇神社案内図と楼門

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阿蘇外輪山と内輪が見渡せる大観峰と大観峰を望む

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竹田市 岡城址(その名のとおり石垣だけで城はありません。)

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久住高原 久住コテージキャンプ場と高原遠望、周辺は丘と草原のみです。

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長者原・九重山(九州一の高い山)の登山口、沢山の登山者がマイカーで来ておりました。

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九重“夢”大吊橋、日本一の吊橋を売りにしているそうですが、どうでしょうか?

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