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2016年12月14日 (水)

カジノ法案

昔から「旗幟鮮明」と言う言葉があるが、民進党は何を考えているのか分からない政党である。終始一貫しない。反対と言いながら、「カジノ法案」に一寸依存症対策の文言が入っただけで採決に応じると決めた。だが、採決では法案に反対もしくは棄権という。近い将来、我が国に「カジノ(賭博場)」の上陸である。

経済活動優先の政治が、子供がゲームやスマホに、大人が公営ギャンブルや公営ギャンブルもどきなどに依存し、どっぷり浸かっている現状に何ら対策を講じることなく現在に至っている。

今朝の新聞で、自民党の細田総務会長のギャンブル「日本全体が一種の依存症」の見出しが躍っている。他人事ように「日本全体が一種の依存症になってきていることにどう取り組むかが非常に大事だ」と悠長なことを言っている。放任してきた政治家・官界・経済界が元凶ではないかい?

カジノ法案が国会で承認されても、東京オリンピック開催には間に合わず、2025年頃になるらしい。この間にどこの都市に決定するか知らないが、統合型リゾート(IR)支援のために膨大な国費が投入され、更に多くの依存症を増殖させ、富裕と貧困の格差が益々進むであろう。

2016年12月12日 (月)

読書雑感など

☆読書

相変わらず「司馬遼太郎著の街道をゆく」を読んでいる。読んでいるうちに内容を忘れており、先日も図書館に行った際、同じ本を借りてきてしまった。復習しているようなものである。それなりのメリットはないことはないが、記憶力の衰えは如何ともし難い。

「中津・宇佐のみち」での宇佐八幡が全国に数万ある八幡神社の発祥の地であることを知る。中津藩は譜代大名あったが、福沢諭吉の家は下士であり、上士との格差は歴然としていた。おおらかな母に育てられたことが、諭吉の立身に大きな影響を与えていたようである。

「三浦半島記」での頼朝、鎌倉幕府、鎌倉八幡、維新後の軍港としての機能、太平洋戦争時の海軍(軍人)にまつわることなど再度斜め読みをした。

翻って、日本のは縄文の狩猟、野生植物採取時代、稲作の始まった弥生時代、農耕経済の安定と国家形成、古代天皇国家、平安時代などから現在に至るまで、歴史上の人物がそれぞれの役割を果たし現在に繋がっていることをそれなりに実感した。だが、ここに至るまでの権力者による謀略、殺戮等の凄まじさには恐れ入る。小さな島国の中で、一般大衆(民)を踏みつけ収奪、虐殺、弾圧、利用して、今もポピュリズムと言う形で大衆をフル活用して支配しているが、大衆と言うものは権力によって、未来永劫に(ただし人類の滅亡迄)支配され生き続けなければならないものかな~

☆ボウリング(例会)

今日は定例会であった。参加者8名4チームに分かれて対戦した。別の2チームの勝敗はよくわからないが、我々のレーンでは対戦チームに3連勝した。個人成績は、ゲーム終了後に個々人に成績票が渡される。3ゲームの結果は、アベレージは157.1ともう少しで160点に届くところであった。ストライクは、久しぶりに2桁台の12回となったが、スペアミスが多く残念ながら200点のハイスコアに届かなかった。10フレーム中で4回程度オープンフレームになるが、これがクリアできればアベレージ200点も夢ではないのだが、これから先もファイティングスピリットで頑張ろう。

☆年賀状の準備

昨日、スイッチの破損したデジカメを持って近くの公園に鳥を見に行く(破損しているが馬鹿もハサミも使いようで写ルンです)。この公園は、鳥の宝庫のような公園ですが、愛好家が数十万はすると思われる有名メーカーの大砲のような筒の付いた一眼レフカメラでカシャカシャやっている。そういった趣味と道楽で公園に写真を撮りに来る気はさらさらなく、年賀状の材料になるような鴨か鷺でもいないかな~と、ネタ探しにのこのこ出かけて来た。落ち葉だらけの遊歩道を歩いたが、さすがに紅葉も一段と進み枯れ木と残された紅葉は、油絵になりそうな景色であった。鴨はすいすい泳ぎ、鷺はじっと立って獲物を狙ったり池の浅瀬を俊敏に走り回って獲物を追っていた。カイツブリはもぐったり浮いたり忙しいそうであった。枯れ葉を踏んでシャッターチャンスを狙って歩き回ったが、何せ枝や枯れ葉が邪魔をするし、アベノミクスが始まった時に、ささやかな株の利確で買ったデジカメであるが、安物なので思うように撮れなかった(デジカメ機能にいちゃもんを付け⇒自分の撮影技術は棚に上げ弁明)。この季節の公園の鳥(鴨・アオサギ)と景色を撮る。

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2016年12月 7日 (水)

ボウリング雑感

日々の生活の中で定型化されたパータンとして、週に2~3回の3~4ゲームの例会・練習へ行く。

例会は、インストラクター(30~40代?パート従業員の女性)によるストレッチに始まり、20分で終わるとインストラクターの掛け声でイメージ練習を行い、練習ボールを代わる代わる10分程投げる。試合(本番)は、個人戦と団体戦があるが、同好会のグループは全員で8名なので8人か団体4組で順位を争うスケールの小さな戦いである。スタートは会員同士の握手、最初に投げる人(スタート)に拍手をして始まる。3ゲーム代の費用は、1,300円、14週を終わると、食事会を兼ねて順位の発表と豪華な?賞品(日用品)が贈られる。個人戦と団体戦の繰り返しである。

練習は、会員特典があり3ゲーム650円に1ゲーム無料券が付き4ゲーム練習ができる。これはリーズナブルであるが、当然のことながらインストラクターの指導も賞品もない。

地方のボウリング場はじり貧経営のせいか、客も少なく設備が老朽化しており故障が多い。例えば・投げたボールが戻ってこない・当たってもないのに勝手にピンが倒れる・ピンが折れる・2投目の時に残ったピンが下りてこない・バーが下りてこない等々ゲームの中断は頻繁に起こる。

こんな調子で「健康ボウリング」をやっているが、それなりに刺激になり、ワイワイガヤガヤが交感神経を活発化させ、ともすれば副交感神経を使う割合の高い日常ではあるが、ポジティブを与えてくれているようである。

先日の定例会は団体戦であった。1ゲーム目で1フレームから4フレーム迄ストライクが続き200点の大台に乗るかと思っていたが、途中で夢が破れたものの、それでも198点のハイスコアがでた。2,3ゲームは130点にも達せずアベレージ150点にとどまった。団体戦では対戦チームとは1勝2敗だったが4チーム中では最下位ではなかったかと思っている。

高齢者とボウリングであるが、無理することもなく気楽に投げられるし、運動量も控えめで適当でないかと思っている。全国の愛好者の中には100歳を超えても投げている人もいるらしいが、走ったり跳ぶのと違って過激な運動ではなく、ボチボチ助走して投げればボールは転がって行くので良いんじゃないかと思っている。これでストライクがでればスカットしていい気分である。心身が壊れれば一身上の都合でリタイヤ、でなければ「線路は続くよ」で楽しむつもりである。

2016年12月 5日 (月)

魚の氷漬け

テーマパーク「スペースワールド」のイベント、スケート場「氷の水族館」で5千匹の魚が氷漬けにされ、そのリンクのうえを滑ると言う趣向だったそうである。だがツイッター、メディア等で批判され大騒ぎになり中止に追い込まれた。今後、解凍、供養された後に肥料にされるそうである。昆虫標本や氷漬けにされた蟹等(北海道でのイベント)を観賞することは、一般的には批判の対象にはならないものである。商魂たくましいこのご時世、何でもありの時代ではあるが、これは行き過ぎと言うことか。踏むという行為が宗教的発想を持つ人の抵抗があったのではないか。たとえ死んでいる魚であっても、その上を滑るという極端に言えば、踏みつける。足蹴にする。という行為が人間の心・精神に棘が刺さった痛みを感じた人がいたのであろう。冒涜的行為と表現した人もいたが、一部の日本人にはこういった精神も脈々と続いているのであろう。

経済至上主義、金儲けの手立てに専念する政界・官界・財界に、縁なき衆生である吾輩は、襲い掛かる締め上げ政策(年金減額・医療保険料増額・医療負担割合増加・自動車免許厳格化等)の真っ只中にあり、こんなイベントは関係ね~と言ったところであるが、子供の頃「親から食べ物を粗末にしたら罰が当たるよ」と言われた宗教用語を思い出した。

2016年12月 4日 (日)

図書館からのクレーム

数日前の出来事であるが、図書館に行くと沢山の館員が、貸付・返却の事務、書架の整理等々に黙々と従事している。このうちに図書館司書が何人にいるか不明である。毎度のことで、返却する本はバーコードで処理する返却口に投入後、2階の大人用の図書室で、興味のある本を選定して貸出は受付で館員に処理して貰う。このパターンで貸出・返却を繰り返すが、本の貸出を受けて車で帰宅途中、日頃めったに鳴らないマナーモードのガラケーに、くどいほどバイブレーションが機能したのである。運転中でもあり帰宅後確認すると、知らない電話番号だったので返事をせず買い物に出かけた。帰宅すると、図書館から固定電話に連絡があったと家内から報告を受けた。相手に内容を尋ねると「守秘義務があります」のでと事情説明せず担当名を名乗った後に「再度電話します」と言われたとのこと。5時近くなっても相手から電話がないので、何事かと思いしびれを切らして、当方から担当者に電話をしたところ、電話に出た別の館員が「少々お待ちください。」と言って長~い時間を待たされ、電話してきた担当者がでた。言い分は、本に染みが付いていたので、取り扱いに注意するようにとの趣旨であった。つまり、吾輩の過失責任を断定した物言いになっている。これは不快であったので、止むを得づ反論したが失礼極まりない。この本は、新刊で「六十万石の罠、書き下ろし長編時代小説 藤 水名子著」で、内容的にはそれほど興味はなかったが、ついつい読了した本であった。ページをめくっている時に染みのある個所を見つけ(お茶か何かこぼした後かな~?)、前に借りた誰かが付けたのだろうと思っていた。当方の説明で、相手は一応鉾を収めたが、どこまで当方の言い分を理解・信用したかは不明である。本の管理を熱心に行っていただくことは、利用者として有難いし、利用者も借りた図書を大切に取り扱うことは当然のことである。しかし、証拠も確証もないのに、鬼の首を取ったように、こいつが犯人!は一寸短絡的過ぎないかと思った次第である。

2016年12月 3日 (土)

最近の国会(カジノ法案)

自民党と積極的に加担しようとする日本維新の会(大阪にカジノを誘致したいらしい)、公明党も捨てられては困るのでバスに乗り遅れないように、賛否両論があったので委員会では自主投票としたが、早々に衆議院委員会で可決した。6日には衆議院で可決成立するらしい。そんなに急いで何処へ行くの?スピード違反ではないかい。民進党は、右から左までの幅広い、バラバラの政党であり政党の体をなしておらず、審議不足、強行採決だと一応抵抗はしているが、カジノ法案に内心諸手を上げて賛成する人(隠れキリシタン)もいるのじゃないかな~?(間違っておれば謝罪します。ご免!)

日本は、公営賭博(競馬・競輪・競艇・オートレース・宝くじ)、民間賭博(パチンコは賭博ではないと警察は行っているが?)と賭け事の盛んな国である。落ち目になりつつあると言われるラスベガスやマカオのカジノが羨ましいのかな。「統合型リゾート(IR)」のキャッチフレーズ(国民にアッピールの積り)で、表面的には景気対策の一環(政府の成長戦略・観光の起爆剤・雇用創出等)として導入しようとしている。裏では、カジノ経営と言う利権がらみで、金儲けの好きな企業(例えばセガサミーホールディングスかな?)等が蠢いているんじゃないかい。

一方、ギャンブル依存症の増加、地域環境の悪化が想定されるが、政権政党にはこの対策についての具体的かつ建設的な意見もなく素通りである。世論調査ではカジノに反対する国民が60%近くを占めている。単純な言い方をすれば、元はと言えば小選挙区制度に原因がある(この法案には当時の大物自民党議員も反対したらしい)。国民の半数近くの死票を発生させ、4割程度の投票数で7割から8割の巨大政党が出現する現状の中で、国民の声を反映しているとはとても言い難い。カジノ法案に限らず、TPP・年金改革?と政権政党がごり押しする姿勢を見ると、中選挙区制を復活させ、民意を反映させることが喫緊の課題ではないかい。

☆サボテンの花

夏から秋にかけて外で育てていたが、寒くなって来たので室内に入れた。昨年もそうであったが、室温の暖かさで花が咲いたのでデジカメで撮った。

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2016年12月 1日 (木)

読書

寒くなってきたものの、自然環境の変化、温暖化に伴う気温の上昇、暖房器具の進化、住宅の気密性の向上等により、子供の頃から思うと暖かい冬になったような気がする。今日は、2週間ぶりに図書の返却と貸出を受けるために図書館に行った。相変わらず「司馬遼太郎氏の街道をゆく」を読んでいるが、今回は「南蛮へのみち」2巻をどうやらこうやら読み上げた。内容は、スペイン、ポルトガル旅行記のようなものである。やはり内容は充実していた。メインは、種子島に来たフランシスコ ザビエルの出自を追って、フランスからスペイン、ポルトガルと旅をしながら史実と現在(1996年以前であるが)を織り交ぜながらであったが読んでいて飽きない面白さであった。印象に残ったのは「バスク地方」である。フランスとスペインの国境をまたいで住んでいる人たちらしい(フランスやスペインと言う国家ができる前からの先住民でザビエルもバスク出身)。この歳まで知らなかったことに触れられるのは有難い。「司馬遼太郎が描かなかった幕末・松陰・龍馬・晋作の実像 一坂太郎著」は、司馬遼太郎のフィクション小説が、有名であるがためにノンフィクションになっていることに警鐘をならしている。これも勉強になった。

人類が、猿人として地球上(アフリカ)に生まれたのが700万年前、直立2足歩行するようになりゴリラ・チンパンジーと別れ、人類として歩むことになり、アフリカ(180万年前)から地球に全体に広がっていったらしい。猿人⇒原人⇒旧人(ネアンデールタール人)⇒現在の人類である新人(クロマニヨン人・ホモサピエンス)となったらしい。「人類進化の700万年 三井 誠著から抜粋」この本も興味津々読んだ。

人生100年と言われるが、人類は気の遠くなるような道程を歩みよくぞリレーしてきたものだと感心する。今の世界はパンドラの箱をひっくり返してたような現実であり、人類の未来は悲観的にならざるを得ないが。

2016年11月29日 (火)

高貴高齢者の免許更新

最近高齢者の交通事故が、メディア等で大々的に報道され話題になっている。これに便乗して70歳になれば免許証返上させよとの極論も投稿されたりしている。実現したら言ってる本人が70歳になったときに免許証返上で悩むことはないのかい?。70歳以上の免許証保持者が全国で950万人近くいるらしいよ(27年末警察庁免許証保有者統計から)。高齢者を敵に回した短絡的な発言いただけない。政界・財界・官界が景気、景気と声高に叫ぶ経済活動(自動車販売・観光等々)に大きな支障をきたすのではないかい?。吾輩は、高貴高齢者として残された人生を淡々と歩んでいるだけだから、国民13,000万人弱の日本、いろんなご意見が発言があることは、民主主義を象徴していることだから結構なことだと思うが賛同し難い。ご本人は70歳前にこの世からおさらばされることを前提におしゃっていらっしゃるのなら、道連れにされて困る国民(地方都市・限界集落・買物・通院等々)が沢山いるんじゃないかい?。吾輩の周りには、70歳になっても若い人に負けないないぐらいしっかり安全運転で日常生活を頑張っているよ。人は緩慢に老化していくだろうから、心身(耳・眼・筋肉・脳・運動神経等々)ともに劣化するのは如何ともし難く自然なことである。これは、今の高齢者だけではなく、生まれてくれば、健康で長生きする人は必ず同じ道を歩むことになっている。人はともすれば、自分の年齢とその目線で判断するが、心を広く持ちたいな~(自分も然り)

今日は、自動車免許更新を行ったが、事前に免許更新講習を半日にわたって行っていたので、受付から眼の検査、写真撮り、免許証の交付まで20分程度で終わり免許証の交付を受けた。先行き不透明ではあるが、これからも3年間交通ルールを守り安全運転に努め、無理せずできる範囲で、ドライブ、買物、通院等運転を楽しもうと思っている。(3年に1回のイベント終了。)

2016年11月27日 (日)

萩焼茶碗

「晩成の郷」を主宰していた頃、そば打ちの指導をHさんにお願いしていた。このHさんの親戚の方が佐賀県で焼き物(有田焼)を作られ、デパート等で展示販売をされていた。これが縁で「晩成の郷」を販売品の値付け等で使ってもらったことがあったが、お礼にと色彩豊かな今風で、持ちやすいようにくぼみがある大柄な立派な茶碗を頂いた。閉館後、我が家で大事に使っていたが、洗っているときに(我が家はセルフサービスの時も多々ある)、手が滑り割ってしまった(高貴高齢者は運動神経、筋力の衰えは如何ともし難いものである)。そこでピンチヒッターで登場したのが、萩焼茶碗である。叔母が生前集めていたらしいが、吾輩には猫に小判であり、ほとんどごみとして処分してしまった。ただ小さな湯飲みは邪魔にならないので、5個程度食器棚の片隅に残していた。今はこれをお茶、珈琲、白湯等を飲むときに使っているが、これは便利、重宝有難い。何せ小ぶりな茶碗だからお茶や珈琲の飲みすぎをコントロール出来るし、洗う時も手のひらにすっぽり収まるので、奥まで指を突っ込んで洗う必要もなくさーっと洗えるからである。ついでに、ネットで萩焼について調べてみると、豊臣秀吉政権の末期に、もともとは、毛利輝元が朝鮮から連れ帰った陶工が開いたのが萩焼らしい。ネットでは萩焼についての由来、講釈、販売等が多々記されているが、高いの当然よ、価値があるよ、値打ちがあるよとの動機づけのように思われて仕方がない。実用主義者の吾輩は、お茶が飲める、珈琲、白湯(投薬時)が飲めるだけで十分である。全国にもあちこちに窯元があるが、どこの窯元の焼き物だって、権力者、富裕層の趣味道楽は別として庶民にとっては日用道具(食べる・飲む等)に過ぎんのではないかい。しかしネットの中に「萩焼を長く使い込む内に貫入、つまりヒビ割れた部分にお茶やお酒等が浸透します。そうすると、器の表面の色が変化します。それによって枯れた味わいが出て来ます。基本的に、素地の色を生かす陶器となります。そのため、模様は地味な物になっています。しかしこの貫入や七化けの個性により多くのファンが居ます。貼り付け元  <http://www.miyabako.com/japanese-pottery/hagi/> 」とあったが、どんな変化をするのか楽しみなのでしっかり使ってみよう。

2016年11月25日 (金)

歯科受診

パーシャルデンジャー(一部義歯)を作ってから10数年ぶりの歯科受診である。20数年前に懇意にしていた先生からその時に立派に作っていただき、咬み合わせもよく長年にわたって違和感もなく使っていたが、一部破損したので、10年ほど前に近くの歯科医院に受診新しく作ってもらった。これがどうもなじまず歯茎の痛みに耐えかねて使用しないままにお蔵入りになった。じゃ今まで歯茎で噛んでいたのかと言われると、一部破損したのをず~と使い今に至っていた。しかし、最近、咬む際に違和感が強くなり限界に達したので、重い腰を上げて歯科医院に予約を入れて受診となった。問診を受け今までの経過を説明して治療を受けた。初診、補修、歯石除去に1時間程かかり、1割負担1,100円で済んだ。

新聞、メディア等の情報で知る範囲では、歯科医院は、国の施策による歯科大学の増設と歯科医師の増員、それに伴う医院の乱立(徒歩20分前後の場所に知る範囲で5~6の歯科医院がある)、それに反して患者の減少で競争が激しく、経営が厳しく年収が200万~300万円前後の歯科医院も存在するらしい。夜間診療、訪問診療、土日診療等々行っているらしいが、患者の増加、掘り起しは難しいようである。それに比べると、内科クリニックでは、一般的には待ち時間最低30分、診察2分、隣接する薬局で投薬を受けて一件落着で、年収が2,000万以上はあるらしい。歯科医と内科医の格差、同じ医者でありながらこの格差はどうだろうか?

いずれにしろ、愛想よく、親切、丁寧、立派に補修していただいたのて、気持ちの良い夕食と相成った。