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2016年12月

2016年12月31日 (土)

来年へ

大晦日 午前中は家内のアッシーをしたが威張るような話ではない。正月用料理の追加と灯油(これは家内には重いので役に立つ)を買いに行ったので全く関係ないとは言えない。孫は、テーマーパークへ友達と遊びに行った。昼食後は孫の塾送迎などがなく暇になったので、今年最後のボウリングの練習に出かけた。日頃は、高齢者の同好会員がやっているぐらいで、混むようなことはないが、大晦日となると、さすがに子供連れや、中高生が多くにぎやかであった。アメリカン方式で4ゲーム650円でやる(年末・年始も会員サービスはしっかりやってくれるので有難い)。子供の歓声が時々起こるなど場内は騒然としていた。成績は、最近腰痛気味ではあるが、しているうちに痛みを忘れ、アベレージ145点、スプリットを3回とるなどまずまずの成績であった。悔やまれるのは、1ゲームの112点と3ゲームとも10フレームでスペアミスをやったことである。これさえクリアーしておれば150点は十分に超えていたのに残念であった。

21時に寝る高貴高齢者は、年越しそば(ネット注文の越前生そば)を早々に食したが、家内の茹で加減がプラスされこれは美味かった(これはお世辞ではない!)。

さあ明日から新年「神のみぞ知る天命天寿」来年も成り行きまかせで活きますか

2016年12月29日 (木)

年の瀬

成人してから物凄~い数の「年の瀬」の迎えたが、今年は一段と慌ただしい日々である。明後日には新年を迎えることになるが、日頃のんびりと過ごしていたのに、孫の帰省で振り回される感じがする。家内と孫のアッシーが重なり、大袈裟に言うと買物と塾の送迎等の時間に追われるようで何か落ち着かないのである。ブログもボウリングも散歩もほぼ休眠状態になっている。これが高貴高齢者と自称している年寄りの「年の瀬」と言うものだろうか?

現役時代は正月休みが始まると、やっと1年が終わったとのんびりしていた。テレビを見たり酒(麦酒)を飲んだり、早々とできたおせち料理をつまみ、ゆったりごろごろして、31日大晦日は「紅白歌合戦」を見て「除夜の鐘」の中継を見て就寝し新年を迎えていた。あの頃の「紅白歌合戦」は、今のようなド派手な衣装ではないが、自分の好きな歌とマッチして面白かった。今の歌は分かりにくく、踊っているのも激しくてついていけないし、ちっとも面白くないのでかれこれ10数年前からほとんど見たことがない。老いてからは、早寝・早起きの習慣が身について、NHKのローカルニュースを見ると睡魔が襲い21時過ぎには就寝してしまい、朝は5時前後に起きる日々なのでなおさらである。

テレビも暮れになると、どこのチャンネルをひねっても「特別番組」かどうかは知らないが、相変わらず低俗で馬鹿番組ばかりで、政治・経済など国民生活問題を提起する番組は皆無に近く(あっても御用番組で見る気がしない)、我々国民が受信料を強制的に支払わされているNHKでさえも、コマーシャルと今流行りのタレントラッシュで、金を払ってみたくもない番組を提供されている。「金返せ!」と言いたくなる。こうして国民の低レベル化に拍車をかける。昔々ローマー帝国も市民を懐柔するためにパンと見世物で堕落させたが、我が国の国民大衆もタレント出演のグルメ番組とひな壇に並んだタレントで堕落させられいるのではないだろうか?

高貴高齢者なので地球の片隅でひっそり生きて、静かにしておれば良いのだが、役に立たないのに、性分なのでついグダグダぼやいてしまう。さあ「年の瀬」でやたらと増え、殺気立った車のラッシュをぬって安全運転でアッシーで出かけるか。

2016年12月26日 (月)

ボウリング定例会

年の瀬も押し迫った今日この頃、現役時代はとっくの昔のことであるが、それでも、何かあわただしく感じるものである。

数日前に孫が元気に帰省した。成長する姿を見ると嬉しいことであるが、マイペースの日々に若干影響を与えている。今朝も早々にスポーツセンターへ孫と友達ともども送って行った。年寄りの自動車免許所持者であるし、大事なお客様なので日ごろよりもより慎重に運転して無事に目的地に送り届けた。久しぶりの有料道路は渋滞しており、ノロノロ運転が続いたが、今年最後のボウリング定例会参加には何とか間に合った。

4チームのリーグ戦は続いているが、今日は相手チームに3ゲームすべて勝ち完全勝利であった。とは言っても、4チームの団体戦では最下位であることは事実として認めざるを得ない。弁解がましく言うと、いつもの健康ボウリング、健康ボウリングで、心身の健康を目的としているので、内容的には大した成績ではなかったが、今年最後の最終戦を飾る嬉しい出来事であった。個人的には、最近の5試合ではアベレージが140点台と悪くはないし、最終日の3ゲームもアベレージ147点で締めくくり、目標とする150点にもう少しと言ったところであった。来年はコンスタントに150点を超えたいと思っている。反省点としては、腕の振りが要領よくなったせいか、以前のようなスカットするストライクが減って、スペアーが増えたことである。今日も3ゲームでストライクが2回なのにスペアーは17回出ている。残ったピンを取るのがうまくなったのかな~それともストライクを取る腕力が落ちたのかな~いずれにしても、来年も続けることになるだろうから、データを集積・分析しながらガンバリズムを発揮して行こうと思っている。

2016年12月23日 (金)

警備員(ガードマン)

戯言の中で「吾輩」と言う言葉を時々使うが、別に威張っているわけでもなく、上から目線でものを言っているわけではない。夏目漱石先生の「吾輩は猫である」からお借りしてきた言葉で、漱石先生のところで飼われていた名もない猫ほど優秀ではない。生涯を通じて、知識欲なく勉学不足の実に平凡な後期高齢者である。ただ、官僚が付けた後期高齢者と言うネーミングには些か拘っており、不満も持っている。年寄りを年齢で括ってしまうのは失礼千万と思っている。だから、吾輩は高貴高齢者と名乗っている(別に高貴とは毛頭思ってはいないが官僚のネーミングへの抵抗に過ぎない)。

昨日は、正月3が日を過ごすために図書館で制限一杯の10冊の本を借りてきた。本を選ぶのはランダムでいい加減であるが、最初にどれを読むかと迷ったが「警備員日記 手塚正己著」を読むことにした。著者は、路上やイベント会場などの交通整理、つまりガードマン2年ほどの体験をモチーフにして書いている。この本を読んで、道路などの工事現場で交通整理をするガードマンについて認識させられ反省然りである。寒い冬、暑い夏それぞれの過酷な環境の中で、工夫(食事・水分補給・トイレ・手袋・雨風・下着・ごみ用ポリ袋など)しながら、長時間立ちっぱなしで働いている姿、人生苦多き事例を読み、経験・体験したものでないと書けないことだな~と思った。我輩は車を運転するが、工事中の片方通行場所などで、旗もしくは誘導灯を持った警備員に丁寧に頭を下げられ停止を求められることがある。単細胞の吾輩はイライラしたり、自分の車迄通してくれればよいのにと不満を持つことが多々あった。だが、この本を読んで警備員に対する認識が変わった。

通り一遍の年賀状を作成し、郵便局へ持って行き投函したが、警備員が寒い中をライトを振りながら交通整理をしてくれていた。言葉で言わなかったが心からご苦労様と頭を下げた。この本に出合って良かった。

2016年12月21日 (水)

閃輝暗点と珈琲断ち

今年も残り少なくなったが、閃輝暗点の当たり年かな~年間を通じて多いときでも10数回程度であったのが(今年は3倍)、ここ2~3か月頻繁に出るのであまり気分の良いものではない。2ヶ月前にクリニック(かりつけ医)に受診の際に、恐る恐るドクターのご意見を頂き心配はいらないないとの太鼓判を押してもらったので、それなりに安心しているのだが、一度ギラギラトゲトゲしたわっぱが発生すると、20分前後はどうしてもいやな気分にさせられる。先週も、珈琲を飲みながらパソコンに向かっている時、カップに残っていた最後の一口を飲んだ途端に眼に違和感を覚えた。それからギラギラわっぱが広がった消滅するまでの20分間は小休止した。ネットで閃輝暗点と珈琲の関係を覗いてみると、好ましくないと言う記事に出くわした。酒(麦酒)もよくないとのことで、8月中旬から酒断ちし継続中であるが、今回もネット意見を尊重して、1週間ほど前から珈琲断ちに挑戦中である(今は代用飲料として緑茶・紅茶にチェンジしているがこれもダメとなるのかな?)。効果のほどは不明であるが、今のところ小康状態と言うか出ていないようである。閃輝暗点は、何かのきっかけで視神経の凝固が原因で起こるらしいが、ストレス、テレビ、パソコン、飲酒、興奮、夜更かし、ほっとした瞬間とかに発生するとある(ネット情報から)。いつなんどき起こるかも知れないので困ったものである。吾輩の場合は頭痛を伴わないが(脳腫瘍が隠れている場合があると言われMRIでチェック済み)、一般的に若年者には頭痛を伴うケースが多々あるらしい(対症療法の頭痛薬の投与かな?)。ネット囲碁を断ち、酒を断ち、ナッツ類を断ち、珈琲を断ち、安心立命の人生送るために、断ち断ちを拡大中であるが、断つことがなくなれば、最終的には人生を断つことになるのかな~高貴高齢者は、暇にまかせてぐうたらぐうたら言っているが。

2016年12月20日 (火)

武力紛争

年賀状の準備(破損したのでプリンター購入・宛名印刷)などに追われて昼寝をしなかったせいか、夕食後に強烈な睡魔が襲い、我慢できず6時過ぎから少し眠る積りでベッドに入って「家内に恐れ入りますが、投薬時間の7時30分に起こして下さい」とお願いした(家内に対してもお願いするときは低姿勢である)。家内は、約束を守り起こしてくれた。起きて降圧剤を投薬したところまでは予定通りであったが後がいけない。睡魔が再び襲ってきて堪えきれずに寝てしまった。明け方、うつらうつらと夢(面白い夢だったが忘れた)と現実の狭間をさまよっていたが、本格的に目が覚めたのは6時過ぎであった。赤ん坊や幼児でもないのによく寝ていたものである。高貴高齢者になると幼児に戻る傾向が見られるのかな~

 朝起きてテレビニュースを見ていると、ヨルダン、シリアの紛争の死亡を伝えていた。殺人事件は、日本でも日常茶飯事のようにニュースで流れる昨今であるが、世界での紛争、殺人とは異質のようである。日本では戦国時代の終わりに、豊臣秀吉が刀狩りをして武士を除いて武器を取り上げ、徳川は幕府も踏襲し、明治維新以降も国民が勝手気ままに武器を所有することを厳しく規制し、戦前・戦後も刑法の罰則も武器の所有に厳しく一部公務員を除いて原則として国民の武器保有は認めていない。

世界各国の武器保有事情は画一的に評価できないが、世界の国や地域で起こっている紛争(民族対立・宗教対立・極度の貧困)は、その国家が武器の規制をやりにくい要因となっているのではないか、あるいは、国家そのものに日本のような歴史的経緯がなかったか、統一国家としての民主的に法整備が出来ないままに独立国家になったか、更には、国民個々人が自己責任、自己防衛、自衛意識が顕著であったことにあるのか? いずれにしろ、個人に武器は持たない、持たせない、武器の禁輸ぐらい国連で協議・決定し、世界的に規制できないのかな~ 世界の平和を守るために! 

 ボウリングの例会があったが、アベレージ140点といまいちであった。それでもここ4回ほどの例会での平均点は148点なので目標達成まであと少し!良しとするか(2016年12月19日 日誌から )

2016年12月17日 (土)

真砂土

ぐずつき気味だった空が久しぶりに晴れ、寒さも緩んだので、前々から気になっていた菜園通路のかさ上げすることにした(雨が降ると水たまりがあちこちにできる)。早速朝から近くの家庭雑貨・用品店(花の苗から肥料・土、日用雑貨まで販売)へ真砂土を買いに行った。店の軽自動車を借りて、真砂土1袋15kg228円(税込み)を10袋買って運び込んだ。

高貴高齢者には15kgの袋も相当堪えるが、老化現象(筋肉の衰え)が進行していると自覚しているので、体力づくりと言う大それた気持ちはないものの、健康ボウリングと一緒で体力の現状維持には良いだろうと身体を動かした。狭い通路に真砂土をばら撒き、土を慣らし足で踏んづけて固めた。ついでに、庭に植えていた秋茄子には、炒め物、味噌汁の具などで大変お世話になったが、実がならなくなったので、埋め戻し感謝の気持ちで肥料をかけた。あんなこんなで、頑張ったが一応済んだときは昼を過ぎていた。昼食後は、保育園児とご同様、お昼寝タイム、日頃あまり労働をしないので、疲れからか早々に眠ったが60分すると起きた(昼寝として長いか短いかはノウハウものの本によれば少し長いようである)。再チェック(凸凹ならし)、微調整(周辺を少々草抜き)をして今日の作業を完了した。いい汗かいたと言いたいところであるが、老化すると皮膚も鈍感になったせいかそれほど汗もかかなかった。足腰痛くなり物凄~い労働をした気持ちであるが、それほど働いてないのかも知れない。

2016年12月16日 (金)

無為徒食の日々

今朝は寒い朝になった。寒い地方に住む人たちからは笑われるかもしれないが、室温は13℃と日頃の朝の気温に比較すると5℃下がっていた。ベッドの中で血圧を測定し、トイレに行き薄着のままで体重計にのる。結果は昨日とあまり変化ない。起きるとエアコンのスイッチを入れ、ストーブに点火し、たっぷり水を入れたヤカンと鍋をかける。朝のお茶と食器洗い用である。朝刊を取りに外へ出るとどんよりと曇り風はないものの冷たく感じた。デスクで新聞を広げる。まずチラシを見る。ボーナス目当てかも知れないが、多種多様のチラシが入っている。高貴高齢者にとっては興味を持てる商品がないので「見てるだけ~」である。

新聞を見ると、これまた大半は広告ラッシュであり、本来の新聞本来の使命である記事は6割を占めているだろうか?記事を見ると、日ソ交渉で、プーチン大統領が2時間半以上も遅れて交渉に現れた、高齢者の医療費、医療保険料の負担増、オスプレイが沖縄海岸で不時着?(嘘つき!)したとかの記事があり、それなりのコメント等が載っているが、人生70年以上も活きて(誤字ではない)いると、脳に自分なりの人生観、世界観が染みついているので、若い人たちが書く内容、考え方に違和感と乖離があるようである。

朝食は、日頃海苔巻き(縮緬雑魚)、香の物(白菜漬・沢庵・大根漬等)、デザート、緑茶。が定番であるが、珍しく海苔巻き(縮緬雑魚)に変わってシチューライス(玉子・ジャガイモ・玉葱・人参等)であった。寒い日にはもってこいでアツアツをフーフー言いながら食した。デザート(林檎・胡麻・黄粉・プルーン・カスピ海ヨーグルト)のリンゴは信州長野から取り寄せたサンフジ蜜入りリンゴであるが、これが日頃スーパーマーケットの冷凍リンゴと違ってシャキシャキして甘くて美味い。

食事が済むと後片付けであるが、日々の朝の食器洗いを担当している。これも、洗い方・拭き方を工夫するので頭の体操の一助にはなっているのかと自負している。

これらが済むと、再度パソコンデスクに向かい、健康管理、日誌などを記録・保存する。

ネット株を見るも、米穀次期大統領のトランプ氏の影響で円安と株高傾向にあるようである。安倍のミクスに神風が吹いたかな~

今からの予定はボウリングのレベルアップ・アベレージアップを目指して出かける。

こういった「無為徒食」の日々である。

2016年12月14日 (水)

カジノ法案

昔から「旗幟鮮明」と言う言葉があるが、民進党は何を考えているのか分からない政党である。終始一貫しない。反対と言いながら、「カジノ法案」に一寸依存症対策の文言が入っただけで採決に応じると決めた。だが、採決では法案に反対もしくは棄権という。近い将来、我が国に「カジノ(賭博場)」の上陸である。

経済活動優先の政治が、子供がゲームやスマホに、大人が公営ギャンブルや公営ギャンブルもどきなどに依存し、どっぷり浸かっている現状に何ら対策を講じることなく現在に至っている。

今朝の新聞で、自民党の細田総務会長のギャンブル「日本全体が一種の依存症」の見出しが躍っている。他人事ように「日本全体が一種の依存症になってきていることにどう取り組むかが非常に大事だ」と悠長なことを言っている。放任してきた政治家・官界・経済界が元凶ではないかい?

カジノ法案が国会で承認されても、東京オリンピック開催には間に合わず、2025年頃になるらしい。この間にどこの都市に決定するか知らないが、統合型リゾート(IR)支援のために膨大な国費が投入され、更に多くの依存症を増殖させ、富裕と貧困の格差が益々進むであろう。

2016年12月12日 (月)

読書雑感など

☆読書

相変わらず「司馬遼太郎著の街道をゆく」を読んでいる。読んでいるうちに内容を忘れており、先日も図書館に行った際、同じ本を借りてきてしまった。復習しているようなものである。それなりのメリットはないことはないが、記憶力の衰えは如何ともし難い。

「中津・宇佐のみち」での宇佐八幡が全国に数万ある八幡神社の発祥の地であることを知る。中津藩は譜代大名あったが、福沢諭吉の家は下士であり、上士との格差は歴然としていた。おおらかな母に育てられたことが、諭吉の立身に大きな影響を与えていたようである。

「三浦半島記」での頼朝、鎌倉幕府、鎌倉八幡、維新後の軍港としての機能、太平洋戦争時の海軍(軍人)にまつわることなど再度斜め読みをした。

翻って、日本のは縄文の狩猟、野生植物採取時代、稲作の始まった弥生時代、農耕経済の安定と国家形成、古代天皇国家、平安時代などから現在に至るまで、歴史上の人物がそれぞれの役割を果たし現在に繋がっていることをそれなりに実感した。だが、ここに至るまでの権力者による謀略、殺戮等の凄まじさには恐れ入る。小さな島国の中で、一般大衆(民)を踏みつけ収奪、虐殺、弾圧、利用して、今もポピュリズムと言う形で大衆をフル活用して支配しているが、大衆と言うものは権力によって、未来永劫に(ただし人類の滅亡迄)支配され生き続けなければならないものかな~

☆ボウリング(例会)

今日は定例会であった。参加者8名4チームに分かれて対戦した。別の2チームの勝敗はよくわからないが、我々のレーンでは対戦チームに3連勝した。個人成績は、ゲーム終了後に個々人に成績票が渡される。3ゲームの結果は、アベレージは157.1ともう少しで160点に届くところであった。ストライクは、久しぶりに2桁台の12回となったが、スペアミスが多く残念ながら200点のハイスコアに届かなかった。10フレーム中で4回程度オープンフレームになるが、これがクリアできればアベレージ200点も夢ではないのだが、これから先もファイティングスピリットで頑張ろう。

☆年賀状の準備

昨日、スイッチの破損したデジカメを持って近くの公園に鳥を見に行く(破損しているが馬鹿もハサミも使いようで写ルンです)。この公園は、鳥の宝庫のような公園ですが、愛好家が数十万はすると思われる有名メーカーの大砲のような筒の付いた一眼レフカメラでカシャカシャやっている。そういった趣味と道楽で公園に写真を撮りに来る気はさらさらなく、年賀状の材料になるような鴨か鷺でもいないかな~と、ネタ探しにのこのこ出かけて来た。落ち葉だらけの遊歩道を歩いたが、さすがに紅葉も一段と進み枯れ木と残された紅葉は、油絵になりそうな景色であった。鴨はすいすい泳ぎ、鷺はじっと立って獲物を狙ったり池の浅瀬を俊敏に走り回って獲物を追っていた。カイツブリはもぐったり浮いたり忙しいそうであった。枯れ葉を踏んでシャッターチャンスを狙って歩き回ったが、何せ枝や枯れ葉が邪魔をするし、アベノミクスが始まった時に、ささやかな株の利確で買ったデジカメであるが、安物なので思うように撮れなかった(デジカメ機能にいちゃもんを付け⇒自分の撮影技術は棚に上げ弁明)。この季節の公園の鳥(鴨・アオサギ)と景色を撮る。

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