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2016年11月

2016年11月 9日 (水)

1日

起きると、血圧・体重を測定と室内温度の確認をする。これは毎朝の日課になっており、10年以上にわたってエクセルにデータを入力済みである。新聞は数十年にわたる愛読紙である朝日新聞を読む。天声人語に始まり、今は、平日連載中の夏目漱石著の「吾輩は猫である」を読む。後は、政治、経済、社会、スポーツ等の見出しを読み、興味の持てる記事は斜め読みである。読み終える時間は長くて60分、短いときは30分程度で終わる。つまり、何十年も生きながらえていると、歴史的事例はそれなりに脳に収まっているし、テレビニュース等で事前に見ていることもあるが、いろんな記事についての刺激が乏しいのと脳力が大雑把になっていて、世界、国内の動きも高みの見物的になっているからである。長年の間に、世界でも国内でもいろんな事件が起こり、政治、経済、スポーツ、芸能等の記事がこれでもかと見出しに踊るが、高貴高齢者は鈍感になっており、そう驚かないのである。つまりは、若く無い、体力もない、意欲も乏しいということである。朝食は、家内の定番の手作り食をとり(食後の食器洗いは吾輩の任務となっている)、洗顔、歯磨き、朝の快便をすますと今日の1日が始まる(その頃には朝刊の新聞記事は忘却の彼方へである)。パソコンを立ち上げ、日誌、健康記録、メモ等を入力して、9時からネット株を見る(これは高貴高齢者と威張ってはいるが、俗物性が垣間見える一瞬である)。「馬で金持ちなった奴はないよ」とず~っと昔流行った歌があったが、競輪、競馬、競艇、宝くじ、パチンコと同じ類で、お金持ちが一段とお金持ちになり、庶民が儲かるような社会システムにはなっていないのである。やればやるほど年金生活者と一緒で手持ち金が減っていくだけである。つまりは、世界の巨大資本が腕力にまかせて弱い庶民・国民・人類からむしり取るシステムになっているからである(中には例外的に頑張っている被支配層もあるとは聞き及んでいるが)。負け惜しみではないが、頭の体操、頭の体操と言って無駄な抵抗をしている。つまりは「わかっちゃいるけどやめられない」と言ったところである。パソコン、ブログ、ボウリング、図書館、散歩、読書、受診、庭いじり、買物(アッシー)とそれなりに日々を過ごしてはいるが、何か物足りない感がし、もう少し守備範囲を広げたいとは思うが、団体行動は好むところではないので現状維持といったところである。ただ、2か月ぐらいになるだろうか?大好きだった麦酒を、なぜか飲まなくなったことで、行動力や思考力が若干出てきたようである。しかも、減量と血圧の安定、ディスカウントでの麦酒の購入がなくなり小遣い銭の出費も減り一石二鳥と言ったところである。

※トランプ氏がアメリカの大統領になる可能性が強いらしいが、これで日本の株は肺炎になった。お陰で吾輩の虎の子はものの見事に大幅ダウンし、当分ボケ防止の株覗きを凍結せねばならないのは一寸残念である。

今日も今日とて、恐山の石積と同じで、庭の煉瓦を積み上げたり崩したりしながら、格好良くしたいと頑張ってみたが、思うようにならない(立ったり座ったりで腰が痛くなるばかりである)。菜園は、整地してから、いろいろ葉物野菜の種を蒔いたり、苗を植えたりしたが、今のところ勝手気ままに成長しているようであり、こちらは収穫が楽しみである。猫の額の菜園を撮る。

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2016年11月 7日 (月)

ボウリング

毎週1回の定例会へ行く。グループ内で個人戦をやっているが、今日の相手は家内であった。健康ボウリング、健康ボウリングで、基本的にはアベレージにとらわれないでグループで楽しんでいるが、家内の腕は未だに伸び悩みと言ったところか?アベレージは3ゲーム100点を超えていない。申し訳ないが、ハンディキャップも家内より相当少ない吾輩が3連勝した。この運動も技術だけではなく幾分体力を必要とするので、どうしても男性の方がピンの破壊力があり有利な気がする。うまく当たれば10ピンを一気に吹っ飛ばす感じである。一概には言えないかもしれないが、女性の場合は同じストライクでも何か弱弱しい感じで倒れる。したがってスプリットが発生しやすいようである。グループと言ってもたくさん参加しているわけではないが、現在2位である。今日の3連勝であわよくば優勝なんかを想像してしまうが、1位を走る女性のTさんは、吾輩よりご年配であるものの、昔ボウリングが流行った頃からの腕前であるから追い抜くのは無理なようである。来週は表彰式で賞品と昼食(弁当)が用意されている。どんな賞品、順位?弁当を食べながらの懇談等それなりに楽しみである。

2016年11月 6日 (日)

ジョウビタキ

先日、JAの「道の駅」へのんびり11時頃に行ったが、産直品が殆んど残ってなく、家内は、レジの女性から「今頃来てもないよ」と親切(自慢)そうに言われたそうである。それで今朝は、開店9時に向けて早めの買物のアッシーである。9時少し過ぎにちっぽけな店に到着したが、レジには沢山お客さんが並んでいた。さっそく、家内はキャベツ(お一人様2個限り)、大根、蓮根、高菜、葱、里芋等々野菜類をいろいろ買っていたが(吾輩は商品持ち担当)、新鮮で安い安心の産直品なので遠くまで来る価値はありそうである。今日の指示事項を達成した気持ちで早々に帰宅した。最近は、居候先の庭の整備に関心が行き(暇だから)、ささやかな庭木の剪定をちょこちょこしたり、菜園の煉瓦積み等している。すると、難聴気味の耳に、燐家のアンテナにとまっている鳥の声が聴こえるので(おそらくジョウビタキ)だろうと思って、デジカメを取りに部屋に行き、戻ってくるといなくなってシャッターチャンスを逃すことが度々あった。今日は鳥の姿をゲットしたが、まさしくジョウビタキであった。アンテナに巣づくりして餌を運んでいるのだろうか?毎朝庭に出ると良い声を聴かされる。

午後は、退屈だったし暖かいので、日曜大工の店で煉瓦を買ってきて菜園に並べる。3時間ほどあーでもないこーでもないとと工夫しながら並べていたが、腰は痛くなるし蚊が出てきたので途中でやめた。

何度かチャンスを逃したアンテナとゲットしたジョウビダキを撮る

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2016年11月 5日 (土)

受診と閃輝暗点

昨日は35日振りの「かかりつけ医」受診であった。いつもの患者の少ない時間を見計らってクリニックに行ったが、文化の日(一部政治家が画策しているらしいが天長節ではないよ)と言う休日明けのせいか、予想に反して患者が多く、日頃のように待ち時間10分で診察2分と行かなかった。1時間近く待合室で待って(この間に心房細動投薬量を決めるための血液検査)診察を受ける。いつものパターンで「変わりないですか?」に始まり、血液検査結果を説明し(ワーファリン投薬用今まで通り)、血圧測定(122/70)を行い聴診器で胸部診断して2分程度で診察を終わる。「かかりつけ医」なので、気になっていた過去からの「閃輝暗点」の症状について訊いてみた。主治医の説明は、簡単明瞭で「症状が出たときは気になるでしょうが、頭痛がなければ心配ないですよ」と即答・安心させてくれた。

振り返ってみると「閃輝暗点」と長い付き合いである。発症して20年以上たつが、データを見ると、毎日出たり(年間に数回)、半年も出なかったり、今まで平均する年間に20回前後出ている。原因は、パソコン熱中、テレビの見過ぎ、夜更かし、飲酒(最近は1か月以上禁酒中)、珈琲の飲みすぎ、ナッツ類、疲労、興奮、ストレス、騒音、逆にゆったり休養したとき等に出るようである。それが5分から20分程度で、小さなギザギザに始まり大きく広がり消えるのである(この間ギザギザの中は字がぼやける)。まさに超常現象のようである。初めの頃は不安であり(若かったせいもあるが)、眼科受診やMRIを撮ったりしていたが、ここ10年以上は開き直って受診はしていない。頭痛など偏頭痛的な症状(頭痛で投薬される人は大変だろうな~)がないのが心配でネット情報の収集に努めた時期もあった。高貴高齢者になった今は、言語・歩行・視力障害等の自覚症状もなく生きているので由としている(自己診断)。

2016年11月 3日 (木)

孫の帰省等

昨日帰ってきたが、明日は寮に戻るそうである。休みは5日ほどあったが、明日は唐津おくんちの最終日なので見たいとのことである。「唐津くんち」は、ユネスコ無形文化遺産に内定しているらしいが、日本の三大くんちの一つと言われているそうで、全国から50万人程度の見物客が来るらしい。吾輩は、子供の頃から祭りと賑わいと人込みは騒々しくて苦手である(娘が子供の時はやむを得ずあちこち連れては行ったが)。高貴高齢者になってからは一段と苦手となり極力避け、マイペースな日々を送っている。

孫は、昔、その時間帯は浴場が空になったで有名な「君の名は」のタイトルのアニメ(ストリーは全然違うが)を、帰省の寸暇を惜しんで見に行ったが、人生「これからだ!」である。いろんなことに関心・興味を持ってもらいたいと思っている。

今日も菜園肥料と大根の種を買ってきた(猫の額の庭に菜園を拡張したため)。帰ってくると、家内が「米櫃」が壊れたとの報告があった(修理せよとの指令)。昼食時間をはさんでの大仕事であった。どうやらこうやら修繕できたようであるが、腰痛と言う甚大な被害を被った。買えば安いものではあるが、暇であるし勿体ない精神の持ち合わせがある(単刀直入に言えばケチ?)。腰痛と言う後遺症は、わが身を削っている証しのようなようなものである。