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2016年10月 2日 (日)

敬老会顛末記等

8月頃だったと思うが、町内の組長さんが個人情報の開示を求めてやってきた。昨年迄氏名・住所・生年月日・年齢が書かれた敬老会出席・欠席の回覧を町内全世帯会員に回していたのでクレームをつけたことがある。今回は、再確認のために聞きに来たとのことである。前回の在り方についてやんわりと話して、年寄りに対する犯罪も多発しておることを念頭に、町内も守秘義務を守ることと、敬老会出欠の回覧は対象者だけで良いのではないかと話した。後日、敬老会の案内状が回ってきたが、理解したのか高齢者対象者個人に配布されていた。

※ 今時、町内会員と言っても「隣は何をする人ぞ」で、町内会員同士で挨拶することも皆無に近く、国家政策で持ち家と言うウサギ小屋制度ができて以来、個々人の連携は断ち切られ、趣味を同じくする人たちが点と線で繋がる社会になっている。

以前、自治区会(町内会)主催の「敬老会」について自分の気持ちを次のように記していたが「町内会の案内状を見ると気持ち的には乖離がある。行って見れば、介護施設等で行われている懇親会、親睦会の内容とほとんど変わらないからである。自立した年寄りと自負していると、出席か欠席かと回覧が回って来ると、演技(マジック・フラダンス・歌等々)、酒と弁当と強制的な拍手に抵抗感がある。結果的には「欠席」と連絡する。すると、後日お茶を一袋役員が持参するのである。これで老人に対する今年度の町内行事は終わった、やれやれと言うことだろう。年寄りも、自立しておれば、自己責任で生きており、要らぬお世話は有難迷惑とへそ曲がり年寄りは思うし、これでいいのだ!」

今回も自分の気持ちに逆らわず「欠席」で提出した。9月15日に敬老会が終わったと思われるが、後日組長が持参する筈のお茶一袋が届かなかったことぐらいであるが、こういった敬老会の意義が、高貴高齢者である吾輩が理解できないのは、非常識なのかな~世間ずれしているのかな~?

☆ボウリング

例会でのアベレージは135点だったが、前後3回の練習では140点を超えており、150点も夢ではないと言う気持ちになった。また、やる気が出てきた感じである。

☆図書館行き

借りてきた本の返却と貸出を受けるが、借りてきた「街道をゆくシリーズ 司馬遼太郎著」7冊を読み上げた。洞察力、古文書読解力、歴史考察力、知識力にただただ敬服するのみである。このシリーズを読むと歴史と書かれた時代の日本の都市・街道風景が想像され、行ったことのないところだらけであるが面白いし勉強なる。今日も「街道をゆくシリーズ」借りてくる予定であるが楽しみである。

☆補足

図書館から帰宅後ゆったりしていたら、組長が祝敬老の熨斗が付いたお茶の葉を持参した。