ウェブページ

Powered by Six Apart

お気に入り

« 2016年7月 | メイン | 2016年9月 »

2016年8月

2016年8月11日 (木)

年寄りの免許更新

官僚による後期高齢者と言うネーミングは不快であったが、このネーミングで免許更新の通知が来るのである。エッセイストか小説家だったかは忘れたが、文章の中で「高貴高齢者」であると表現していた。同感である。年寄り(生きていれば順送り・今の若い者も同類項)として生きているが、肩ひじはって生きているわけではないものの、戦前・戦後を生きており、それなりに、日本の社会の変遷を見て来ている。スマホ・スマホの若者に批判的なことを言う気持ちは更々ないが、町内会主催の「敬老会」の案内状を見ると気持ち的には乖離がある。行って見れば、介護施設等で行われている懇親会、親睦会の内容とほとんど変わらないからである。自立した年寄りと自負していると、出席か欠席かと回覧が回って来ると、演技(マジック・フラダンス・歌等々)、酒と弁当と強制的な拍手に抵抗感がある。結果的には「欠席」と連絡する。すると、後日お茶を一袋役員が持参するのである。これで老人に対する今年度の町内行事は終わった、やれやれと言うことだろう。年寄りも、自立しておれば、自己責任で生きており、要らぬお世話は有難迷惑とへそ曲がり年寄りは思うし、これでいいのだ!

話しはそれたが、今日は、早めの年寄りの免許更新講習会に行って来た。午後1時20分の受付に始まり、2時からの講習が始まった。まずビデオ等を交えて、年寄りの交通事故が多いことの説明、認知症テスト(警察庁のホームページで確認済みで、暗記していたので満点)、画面を見ながらの運転技術チェック、眼の検査、運転実技と続き5時過ぎに終わり講習終了証を貰った。日頃マイペースで過ごしているので、3年に1回の強制的な(これを受講しないと免許が更新できない)イベントである。心身ともに疲れたことを名目に、帰宅後は早速旨い麦酒を飲んだ(暗くなると視力が低下するので夜の運転はしないので酒を飲んでも心配ない)。後は、免許更新1か月前の通知を待つのみである。

2016年8月 6日 (土)

お祝い

数日前、そば打ち教室当時のそば打ちが上手な方から暑中見舞いを頂いた。「晩成の郷」を閉館して2年以上経つが、御夫婦揃ってそば打ちに来ていたので(ご夫婦とも立派なそばを打っていた)、その後どうされているか気には留めていたが、二人目の子どもが出来て育児にドタバタしているとの文面であった。御主人は、理学療法士として地方では有名なリハビリ専門病院に勤務されている。ささやかではあるが出産祝いを持参した(突然訪問したのでご迷惑をかけたのではないかと思う)。気持ち良く迎い入れて頂き、上がり込んで、そば打ち教室を閉館してからのその後(残ったそば打ち仲間の近況等)の経過を話させて貰った。

赤ん坊を身近に見るのは、珍しいことであったが、保護されている赤ん坊(1歳?)の可愛さに大きな刺激を受けた。そうは言っても、赤ん坊にとって、白髪頭の見知らぬ人間を見て吃驚したのか、あやすものの大きな声で泣き出し、廊下に俯けになって長く横たわり、寝たふりのような無視する態度をした(まるで熊に襲われた人間のマネ?)。見知らぬ生物(同じ人間ではあるが)に対する、両親に保護されている人間の動作・行動と言うか自分を守る姿に感動した。

日頃モヤモヤ老後を送っているので、素晴らしい家族に会い語らい(耳が壊れているので一方的であったかと思う面もあるが)お暇した。途中で麦酒を買って気分良く帰宅する。丁度昼だったが、家内の酒の肴(手料理)と共に麦酒を飲んだ(心房細動、高血圧で大騒ぎする日々ではあるが)。酔って、エアコンの効いた部屋でネットを通じていろんな情報を見ているが、外は暑そうである。晴れた日が25日以上も続いている。贅沢を言うと、まとまった雨が欲しいと言ったところである。

2016年8月 3日 (水)

人生100年の勝組

若い頃、社会福祉に造詣の深い教授の講義を聞いたことがあった。スウェーデンの100歳寿命説である。「スウェーデンでは100歳迄元気に生きてポックリ黄泉の国へ旅立つことを理想とし、そう言った人が多数存在する」と説明された。先日図書館で借りて来た本の中に「健康・老化・寿命 黒木登志夫著」で寿命(他の生物を含めて)についてデーターを駆使して、人間寿命の限界と言うかこれぐらいまでは生きるのでないか(目安)として100歳を表現する詩を引用していた。「・どっちみち・百年たてば・誰もいない・わたしもあなたも・あのひともー江國香織(すみれの花の砂糖づけ)」、医学も科学も進化しているが、青春時代に聞いたことも、この本を読んで見ても人間の寿命感じる。人間の寿命は、世界の国々の100年前の平均寿命は30歳~40歳位ではなかったのかと想像している(歴史上の人物には60歳から80歳位まで生きた人も散見されるが)。現在の日本は、平均寿命は大幅に伸びて男女とも世界の中でトップを争う長寿国となったが、医療制度と環境整備が大きいと思っている。しかし、平均寿命が100歳をクリアーすることは、人造人間(移植)、人間凍結保存等の進歩を待つしかないのではないか?こんなことまでして人間の寿命を延ばすことは、科学者と違ってナンセンス、馬鹿馬鹿しいと強く意識しているが。

横道にそれるが、東京都知事選挙があり、小池百合子氏が都知事になった。女性の社会進出は、主義主張は違っても喜びたい。イギリスで首相、イタリアでローマ市長等々、世界で政界に進出してるし、アメリカでも初の女性大統領が実現するかも知れない。それは戦争のない世界実現に向けて期待を持たせる一歩となるような気がするが?どうだろうか?

この都知事選で、76歳の鳥越俊太郎というジャーナリストが、後出しじゃんけんのように野党統一候補として、がんを克服した。がん撲滅をキャッチフレーズに出たが、これは何だったのだろう?人生の最後の見せ場(生き様)のつもりだったのだろうか?顕示欲の強い人間の生き様は、地球の片隅でぐだぐだ飲みながら生きている人間にとっては面白くない人間である。

政界、経済界、官界とそれに付随するメディア、芸能界、スポーツ界等々の著名人が、それぞれの人生中で、勝ち組、勝ち組とワイワイ騒いでいるのは、巨視的に見ると滑稽であるしイソップ童話の世界ではないが、まさにキリギリスである。まあ、それも人生であるし、勝ち組の勝手であるが、メディア(新聞・テレビ・広告)を通してみると、のぼせもんの傲慢・不遜の自己顕示欲の強い人間に出会うと不快になる。所詮100年、騒いだところで地球の歴史、宇宙から見れば、騒いだところでチイセイちいせいと言ったところか。

2016年8月 1日 (月)

真夏日と散歩

7月中旬からずっと真夏日が続き、雨らしい雨は降らない。毎日夕方には暑さにめげず頑張っている野菜に水をやっている。お蔭で細やかに取れるオクラ、トマト、胡瓜、青紫蘇が食卓にのぼる。有難いことである。

最近は暑い日々が続くので、日中の散歩は控えていたが、昨日は久しぶりに、2時間程河川の遊歩道を歩いた(こんな暑い日中に歩くような軽率な人はさすがに少なかったが)。とにかく暑かったものの、蝉の賑やかな合唱と川面の魚群や野花を見ながら、持ってきた麦茶をときどき飲み歩いた。はじめは少しのつもりであったが、歩いている内にもう少し歩けそうだと思い、欲を出して下流にある水門迄歩いてしまった。土手では虫の声が聴こえ、赤とんぼが舞っており夏から秋への移り変わりを予感させた。救急車のサイレンが聞こえたが、熱中症の患者を搬送しているのではないかと嫌な想像をした。汗びっしょりになったものの無事に我が家に帰宅した。家族は、帰宅が遅いので途中で倒れたのではないかと心配していたらしい。

☆ボウリング

8月初めてのクラブ例会であった。今迄はチーム対抗戦であったのが、今回から個人戦もプラスされハンディを貰った。結果はアベレージ131点に44点加えられ175点のアベレージとなった。相当高い下駄を履かせて貰っているのが悔しい。せめて実力で150点は超えたいものである。頑張るしかないか。

☆読書

サマーセットモーム著(行方昭夫訳)の「お菓子とビール」を断続的に読んでいたが、どうやら読み終えた。自伝とフィクションを織り交ぜているが、含蓄ある言葉が物語の端々に出て来て興味が尽きなかった。読んでしまうとストリーの大半は忘却の彼方である。また、モームの本を借りて来るか。