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2016年7月10日 (日)

今日も今日とて(図書館)

梅雨空が続くが、2週間ぶりの図書館行きである。10冊程度のランダムに選んだ本の返却と貸出を受ける日であるが、かまけてと言うか、老いて脳の回転が衰えたのか、はたまた選定がいい加減(手あたり次第)で興味をそそる本に出合えないのか、興味をそそられる本がないのか、斜め読み、スルーすることが多く完読出来なかった。

今日は、・医者を信じると病気になる、「常識」破りの養生法、丁 宗鐵著 ・美しい都市・醜い都市、現代景観論、五十嵐太郎著 ・視点をずらす思考術、森 達也著 ・衆愚の時代、楡 周平著 ・「寅さん」が愛した汽車旅、南 正時著 ・70歳物理学者の「循環健康法」、広瀬 立成著 ・日本を滅ぼす<世間の常識>、森巣 博著・人間の絆、下、モーム著 ・「本当のこと」を伝えない日本の新聞、マーティンファクラー著 ・老化も進化、仲代達矢著」の10冊を借りて来た。読んでヤッホーと我が意を得たりと言える本に出会えるかな~(返却日7月24日) 

☆読書感

読んだ中の「モーム語録 行方昭夫編」には、作家として作品等を通じて覚えきれないほどもの凄~く含蓄のある言葉が並んでおり共感したが、忘れっぽい歳なので殆んど忘れてしまった。その一つに「神を信じることは、常識や理屈や議論の問題ではなく、感情の問題である。神の存在を立証するのは、非存在を立証するのと同じぐらい不可能である。僕は神を信じない。神などという観念の必要を認めない。来世があるなどということは信じられない。あの世での罰とか、あの世での報酬とかいう考えは馬鹿馬鹿しい。自分が死ぬときは、完全に生きるということをやめるのだと確信している。土から出て土に帰るのだ。今はそう言っていても、いつか未来のある時期になって、神を信じるようになるかもしれない。そうなった場合でも、信じていない今と同じく、考察や推論の問題でなく、感情の問題であろう。・作家の手帳1894年

サマーセットモームは、子供の頃両親の死により、牧師(英国教会)の叔父に引き取られ、牧師になるための勉強をさせられるが、青春時代に目覚め、宗教(カトリック)から離れ、作家の道を歩み数多くの有名な小説等作品を生み出している。不肖私も「神も仏もあるものか」をキャッチフレーズに今生きているので、この格言は強く印象に残った。人間が作り出した神・仏等の宗教は、それなりに立派な教義があるかも知れないが(初めから意図的にだます宗教もあり得るが)、それを利用する宗教家・信者がすべて善男・善女であるわけではないし、これら宗教に依存している人も、真から神・仏の存在を認めているのでなく、めげそうな心、不安のよりどころにしているのが大半であろう。だから、モーム語録の神・仏は=感情(心)ではないかというところに共鳴するのである。

☆参議院選挙(雑感)

18歳からの選挙権が出来て初めての選挙である。若い人、現役の人達が選挙に行くことを期待しているが、ネットで知る限り、高齢者の投票率に比して若い人の投票率は低いらしい。我々シルバー民主主義世代に負けないように、投票権を行使して要求の実現を図ってもらいたいもである。