ウェブページ

Powered by Six Apart

お気に入り

« 2015年8月 | メイン | 2015年10月 »

2015年9月

2015年9月29日 (火)

青紫蘇の実(佃煮)

居候先の小さな菜園に、一昨年かな~?「晩成の郷」から移植したが、更に根分けして増やした。今は、小山のように盛り上がり菜園の相当な部分を我が物顔で占めているが、実も沢山ついて終焉を迎える時期になりつつある。青紫蘇は使い勝手が良く、若葉の頃は、天ぷら、味噌汁の香りづけに使い、葉が固くなり実が付くと、手間暇かかるが、しごいて灰汁を取り、醤油、酒、砂糖、味醂等で味付けすると食欲の秋に相応しい佃煮となる。シンプルではあるが、新米の炊き立てご飯にあう(我が家では大きな海苔1枚に150g程度のご飯とイリコと佃煮を巻き込み海苔巻で食べるがこれがまた美味い)。今年も青紫蘇には大変お世話になった。実が枯れて種になる時期も近づいたが、これ以上勢力拡大されると、他の野菜の植える場所がなくなるのではと嬉しい悲鳴を上げている。

元気な青紫蘇と出来上がった佃煮を撮る。

Dscf4467

Dscf4471

ボウリング22

今日は、次回の同好会に向けて練習に行く。10ゲームして平均125,9点、まだまだ道半ばと言ったところか。オリンピック種目落選のせいではないと思うが、お客の入りはいまいちと言ったところであった。

2015年9月28日 (月)

草取り終了

ここ数日、天気が続いたので、腰の痛さに耐えながら、草取りをボチボチ行って来たが一応終わり、見違えるようになり(自画自賛)、家内からお褒めの言葉を頂いた(豚も煽てりゃ木に登る)。立ったり座ったり腰を伸ばしてみたり、痛みに堪えながら、苦しみながら地面を這うようにして草をほじくり返していたが、済んでしまうと、今はその時の腰の痛さを忘れている(喉元過ぎれば熱さを忘れる?)。人間の身体は都合よくできているものだと感心している。

2日ぶりに散歩に出た。今日は6km歩いたが腰の痛さや違和感はなかった。いつもの散歩道周辺は、地域の10月のイベントに備えて、造園業者が4,5人で草刈り機や機材を使って草を刈っていたが、ものの見事に刈り払われてすっきりしている(根っこから抜いていないので、イベントが終わる頃には、新芽が伸びだし元の木阿弥だろう⇒手仕事はすたれたせいかな~)。

猫の額の菜園と草取り完了を撮る。ビフォア―(上段)&アフター(下段)

Dscf4456

Dscf4458

Dscf4459

Dscf4462

借りて来た本(返却日10月11日)

昨日は、2週間ぶりの図書館行きで、「ある外科医の覚書・高見博著・悠飛社、男の死に方・戦争で生き残ったものの責務・清水信次著、神谷美恵子の世界・みすず書房編集部編、手記反戦への道・品川正治著・新日本出版社、事実は真実の敵なり・野依良治著・日本経済新聞社、鉄道王雨宮敬次郎ど根性一代・小林和生著、反人生・山崎ナオコーラ著・集英社、不逞老人・鶴見俊輔著・河出書房新社、私のマルクス・佐藤優著・文藝春秋」の9冊を借りて来た。早速、パラパラとめくって見たが、興味を覚えた「手記反戦への道・品川正治著・新日本出版社」を読んだ。1924年生まれの著者は(2013年没)、経済同友会(資本主義体制維持団体)の終身幹事だったらしいが、戦争経験することによって裏打ちされた平和主義者であることに共感した。今から2週間の間に、すべてを読了するかわからないが、この歳になって、本に関心を持ちだしたことが不思議である(積読・乱読・斜め読み、エトセトラ―?)。

2015年9月26日 (土)

草取り

昨日から2時間程度居候先庭の草取りをする(これも一宿一飯の恩義と心得て?)。何せ高齢化しており、屈むと腰が痛くなり、2時間の間に立ったり座ったり腰を伸ばしたりで、なかなか思うように捗らない。昨日などはボウリングに行き、昼に一杯飲んで暑い最中にやったものだから、腰の痛さに耐えかねて、立ったりしゃがんだりする度に、血液の循環が良くなっているせいか、熱中症の疑いかわからないが立ちくらみがするし、あまり気分の良いものではなかった。今日も、引き続き朝から継続したが、やっと南北の通路の草取りが終了した。後は西側の猫の額の菜園の周りだけになった。まあ、これも手先、手指等の運動の一環としての位置づけでやっており苦にはならないが、腰の痛さだけは閉口する。それでも、明日中には目的は達成しそうである。

草取り状況「苔が少々ある部分(左)・雑草を根こそぎ取った部分(右)」

Dscf4445

Dscf4446

菜園野菜の生育状況 秋茄子(左上)、大根「間引き菜は味噌汁の具(右上)」、九条葱(左下)、南瓜「実が生るかな?(右下)」

Dscf4450

Dscf4449

Dscf4440

Dscf4453

ボウリング21

昨日は同好会(定例)であったが、成績は芳しくなかった。3ゲーム平均点113点、最低得点は86点とボウリング教室に入会した頃の成績である。少しやる気が減退した。グループの他の2名も下がっているようである。Mさんが「そのうち一皮むけるよ」と元気づけたがTさんも「そうだそうだ」と言っていた(お互いに慰め合っているようなもの)。我々♂3人組は、同期グループではレベルが引くいようである。負け惜しみのキャッチフレーズは「健康ボウリング!」、山あり谷ありと慰めて継続するしかないか。

2015年9月24日 (木)

シルバーウィークと敬老

例年は、ゴールデンウイーク、正月の連休以外はないが、今年はシルバーウィークと言う名の連休があった(毎年は保障されないが)。6年目に訪れた珍しい連休であるが、次回は11年先の2026年になるそうである(吾輩その時生存中かどうか不明であるが)。シルバーウィークの話題として、ワンパターンの国内大移動をメディアが報じていた(高速道路・新幹線・航空機等の混雑等と爺婆等との出会い)。敬老の日を挟むので、これが本当のシルバーウィークだと冗談を言う人もいたようである。昔は、現役を引退すれば年金が保障され、毎日が日曜日と言われ、優雅な老後の日々が暮らせると国民大衆は思い夢があったが、現実はそう甘くないのである。今の我が国では下流老人(藤田孝典の造語)は、生活保護基準相当で暮らす高齢者及びその恐れがある高齢者が600万~700万人(藤田孝典著)いるそうである。このことは、僅かな年金受給、しかも年金減額で医療・介護も十分に受けられない人が多数存在するという事実である。なぜこうなってしまったのか、素人なりに感じるのは、一国だけの経済から世界経済至上主義への社会変革が大きな原因と考える。日本企業の世界進出(会社がつぶれたら路頭に迷うよの過去・世界の企業と戦う時だから労働者は我慢せよの現在)、チェーン店の展開(小売業の減少と全国・世界のチェーン店化)、雇用の不安定化(パート・派遣社員の増加等)、国家・地方の借金財政による財政の不健全化(公共事業等の垂れ流しによる借金の増加)、増税(消費税)、物価上昇の醸成(政府・日銀)と物価上昇等々、これらが絡み合って、国民個々人の生活の不安定化と所得の減少が増幅されていると思う。11年先のシルバーウィークには、下流高齢者が減少してバラ色の「敬老の日」を迎えられることを願うが、夢のまた夢?

ボウリング20

シルバーウィークが終わり、ボウリング場も平常料金になっただろうと、久しぶりにいそいそと出かけたが、今週一杯はシルバーウィークの特別料金のままとのことである。これを聞いた老いぼれは、金鳥香取の世界である。つまらんことに怒って申し込みをキャンセルして帰宅した。差額は、たかが400円ではあるがこだわるのである(戦前・戦後を生きている化石人間のせいかな~)。帰宅後、いつものコースをいつもの散歩をする。一汗かいてシャワーを浴び麦酒を飲む。別にこの程度の金銭を節約する気持ちはないが、散歩は只なので、2,000円程度節約したことになる。ボウリングをしなかった負け惜しみは、今更上達するわけでもないし、まあこれでいっか!

2015年9月22日 (火)

秋日和

娘と孫は連休で孫の友達と一緒にテーマパークに出かける。こちとらも、朝の定番(イリコ入りの海苔巻・味噌汁・デザート・緑茶)の食事をして、近場のJAの店に買物に行く(9時開店のこの店は早くいかないと、めぼしい野菜はすぐに売り切れる)。蓮根(買物中に近くの農家が泥付き掘りたてを台に並べた)、水菜、茄子、胡瓜、キャベツ等々野菜が中心である。買物から帰ると、近場の散歩である(4km程度歩く)。散歩道で、枯れ葉かなと思ったら小鳥(メジロ?)が横たわっていたので、掴んで脇の草むらに移してやると、ごそごそ奥に動いて行った(命の保障はない)。帰宅すれば昼食である。定番の麦酒1缶、野菜炒め、揚物、天ぷら、さつま芋、〆は饅頭小2個と珈琲。パソコンに向かうと眠くなる(これが気持が良い)。椅子に座ったまま居眠り後、読み残しの本を読みブログに取り掛かる。

読書(追悼下巻・山口瞳著、小さな診療所余話・藤田園子を読む)

山口瞳氏は、1958年寿屋(サントリービール)に編集委員として入社し、1962年「江分利満氏の優雅な生活」で直木賞受賞。1926年~1995年8月肺がんで死去(68歳)。

若い頃「男性自身」と言う本を読んだ。1963年週刊新潮で「男性自身」は31年間1614回連載している。東京都国立市で作家生活をしながら、文壇、著名人、町の人達等との交流を日誌に書き綴ったようなものであったが、大変興味深く面白く読んだ記憶がある。

借りて来た「追悼上下」は、この中から、作家の周辺で逝く著名人等について抜粋・編集されたものであるらしい。これだけたくさんの著名人が亡くなった経緯や交流を詳細かつ克明に記述されているのは珍しいのではないだろうか?日々の日誌で、例えば、終の棲家周辺の市井の人(よく飲みに行っていた文蔵)を題材にして、「居酒屋兆次(映画化され高倉健主演)」を出版している。「よく遊び(競馬・麻雀・将棋・飲酒)よく学ぶ(資料調査・情報収集・徹夜での記事書き上げ等)」の大人(作家)の世界には驚嘆する。いずれにしろ、世代の近い有名人の生活を垣間見た感じである。最終的には、本人が追悼される立場になるわけであるが、受診、ドック検診等の中で、血圧、前立腺、腎臓病、手術などの記事があり、本人が、病気を意識していることが垣間見える(周辺で胃がん・食道がん・脳梗塞・心臓病等々亡くなる人達を、思い出と共に記事にするのだから当然か)。

吾輩の口癖(人生、頑張っても100歳100歳)。如何に活き活き生きるかと言うことでしょう(自分への言い聞かせ)。

小さな診療所余話・藤田園子氏(現東京女子医大・医師大正15年生)もついでに読んだが、いまいち興味・関心が持てなかった。強いて言えば、昭和40年代からストレス解消でボウリングをやっていたこと、煙草を止め切らなかったこと(愛煙家)、閑話休題、山田風太郎(作家・医者)との年賀状のやりとりの終演かな~

敬老の日

それなりの事情で、家内共々居候の身ではあるが、後期高齢者(このネーミング糞!)でありながら、健康寿命を維持し、娘、孫の面倒を見ていると自負している(相手は生き甲斐支援と思っているか)。この日は、饅頭(黒田屋)を買ってくれたが食べてしまった。甘辛二刀流の吾輩は、饅頭にもめがない。麦酒の後はこれだ!早く来い来い敬老会(饅頭待ってるぞ!)

先日のドライブで撮った写真(帰り道)。

Dscf4437

Dscf4436_2

 

2015年9月20日 (日)

フルーツ狩り(ドライブ)

フルーツ狩りと言っても、別に自らの手で、ブドウやナシやリンゴをもぐわけではない。JAの道の駅等を転々として買うだけである。運転するのは高齢者の吾輩である。官僚(糞!失礼な発言御免)が名付け親の後期高齢者である。世界の各地は、韓国(郡山・釜山を除いて)は、作家や著名人やタレント、芸人のように、生涯言うところ外国に行ったことない吾輩ではあるが(飛行機嫌いが原因)、日本国内は、東京から以西を車で走り回ったので、自慢ではないがこの地域は、我が家の庭のようなものである(ちょっと大風呂敷をひろげたかな~)。ただ、後期高齢者(糞!勝手にネーミングされて重ね重ね品のない発言)だが、老化は如何ともし難く、正直なところ長時間の運転は疲れる。朝から若干の昼食(コンビニおにぎり)の休憩時間を除いて、7時間程度ハンドルを握っていた。帰宅すると、アルコール依存症とまでは勝手に思っていないが(人がどう思っているかは別として)、麦酒が無性に欲しくなった。冷え冷えのアサヒビールプレミアム(過去はスーパードライ)を家内のインスタント手料理(国産豚肉ともやしの炒め物)と減塩鰯の味噌漬等で小3缶を飲む。後は、100円玉を入れて6個100円で買った浮羽の柿(清水寺「せいすいじ」傍の無人の店)とドライブ中の道端(朝倉市)で買ったリンゴを食す(この温暖な地である九州でも、早い時期に、相当前からリンゴが栽培されるようになっているのです)。これも、吾輩のように素朴な人間に相応しい上品と言うか薄味であったが、負け惜しみではなく、高くてどきつく味覚を壊される柿やリンゴでなくてよかったと思っている。

今日のドライブ中の風景を撮る。耳納連山、吉井町の街道筋の屋敷と疎水、道の駅からの筑後平野を望む、小石原峠下の咲き誇る彼岸花。

Dscf4398

Dscf4400

Dscf4404

Dscf4419

Dscf4427

Dscf4432

ついでに、

今朝の朝日新聞から19日未明、首相の記者会見から「平和安全法制は国民の命と平和な暮らしを守り抜くために必要な法制で、戦争を未然に防ぐものだ」。それはそれでよしとして、憲法との整合性についてきっちり説明してよ!これから先は、国民大衆は、議会多数派の横暴に対して、憲法12条が掲げる、不断の努力で対抗するだけでしょう。

2015年9月19日 (土)

100年先

選挙が出来る18歳以上の人は、100年先の生存は、科学、医学が如何に進歩したとしても皆無に近い。人生100年100年である。最近は、安保関連法案で大騒ぎしていたが、自民党、公明党、野党の一部で成立させた。賛同したこれら国会議員の殆んどは、せいぜい生きても数十年である。国民、学者、有識者等が疑問視している法案を、総理の願望成就のために、いとも簡単に通過させると云う行為は、国民の未来に禍根を残すことになるのではないかい。新聞紙面の過半数を広告(企業・支配者側)で占めている朝日新聞でさえも、ここ数日、安保関連法案に疑問を持ちキャンペーンをはっている。このように現社会体制に依存している一般商業新聞(一部では体制に迎合する新聞もあるが)でさえも抵抗している。日本のあちらこちらで、学者、専門家、若者等が賛同を呼びかける中、反対デモは連日繰り広げられた(メディアはあまり報道しないが)。今朝の朝日新聞16面(にっぽんの現在地 歴史に学ぶ)で、半藤一利氏(元文芸春秋編集長・作家)が、軍隊は安全?安倍総理と米国の関係?原発?憲法9条?等で、明確・的確に語っておられるが、共鳴・共感できる(自分がそんな生き方であるから)。だが、この法案が成立したから、スポーツと違ってゲームセットではない。これからも、国民が、更に一層国会の監視に努め、粘り強く未来のために平和を求め、100年先に、原発が止まり、戦争と云う手段ではなく、社会貢献、平和外交によって世界中の人類が、共栄共存していることを願うのみである。その時の吾輩は、とっくの昔にお釈迦になってはいるが。

2015年9月18日 (金)

ɤ-GTP2,000

素浪人心得 高橋三千綱著を読んだが、その中で、落ち込んだ59歳からの一編を読むと、飲酒でγ-GTPがこんな数値になったが(血液検査、正常数値は10~47)、週に20本入りのビール2ケースが2回届き、週に4本の酒が空になっていたとある。つまり、物書きの生活をしながら、我が家で飲み、バー、寿司屋、講演会のパーティ等でがばがば酒を飲んでいたということである。結果は、胃潰瘍と十二指腸潰瘍で手術したらしい。60歳の時は、γ-GTPは2,300迄なっていたそうである。こうなると、アル中、アルコール依存症の何物でもない。ブログを見ると、今は70歳近くになるが、相変わらず物書きをやっておられるようである。最近は、禁酒等で養生され、ゴルフと競馬三昧等々の日々のようであるが、肝硬変になったらしい。自分の不節制を棚に上げて医者の不満をたらたら言っているのが面白い。若い頃の凄まじい生き様が、強い精神力の源であり、生命体を維持しているのだと推察する。ただ作家と言われる人は、頭の構造が違うのだろう(人より沢山本を読んでいるせいかな~世界見聞録のせいかな~)。くどくど、どくどくと勢いの良い泉のように、よく文章が出てくるものだ。

ボウリング19

今週は、週2度の練習を1度スルーした。理由は簡単明瞭!練習すれどもすれども点数がアップしないからである。老いぼれであり、限界を感じ(悟って)いたからだろうか?今日のクラブの対戦チームは、♂3匹、我がチームも♂3匹の♂同士の戦い(健康ボウリングだからそんな気持ちは毛頭ないが、気持ちの片隅には、負けたくないという気持ちが少し位あったかも知れない?)である。3ゲームこなす。結果は、395点(平均131点)でアベレージ153点が出た。相手チームは我がチームより相当レベルが高いので、チームとしては大負けである。幕内と幕下位の乖離があった。終わってやれやれである。帰宅すると、家内が用意した料理(有難い)である。麦酒中1缶、小1缶、煮物(牛肉・蓮根・牛蒡・人参・長豆・蒟蒻)、河豚のフライ(ネット販売の冷凍ものであったがこれは旨かった)7匹食した。なます(大根・人参・黒胡麻⇒これも美味かった)、生野菜(レタス)、後はチョコレートのカケラと珈琲、緑茶。そしてこれらを、成績と合わせて、日誌に保存する。

天気は快晴!我が国から遠いところから、津波が押し寄せたとか水位が上がったとか、マスコミが大騒ぎして教えてくれているが、天命・天地と思っている。ほどほどの酒(文筆家・作家のようには飲めないが)、それなりに酔っていい気分である。寿命は、健康検査、生活に注意しても、騒いでも100歳100歳である。煩悩は片隅に残っているが楽しく気楽に生きている。

2015年9月17日 (木)

正義のための戦争

朝日新聞で「野火(作家大岡昇平の戦争文学⇒フイリッピン従軍記)」という映画を製作した監督 塚本晋也氏の安保関連法案がらみを読む。

今国会で議論されている安保関連法案は、内閣と官僚が結託して、国民(大衆・愚民)を欺く砂上の楼閣、机上の空論であり、平和憲法の根本からの破壊である。戦後70年の平和は、曲りなりにも、戦争のない安定した時代であった(良悪しは別にして、平和であった徳川の支配する300年よりはるかに短い歴史であるが)。今は、政権を担った代表者の意向(後ろ盾はライオンかトラか知らないが?)に従って、狼が来るぞのイソップ物語ではないが、時代が変わった。国際情勢が変わったと国民をだましているに過ぎない。この法案が通過し、いつの日か国民が戦争に参加して正義と言う名のもとで殺され、殺すことがないように切に祈るし、操る支配者から名誉の戦死と美辞麗句で飾られ埋葬されることが、くれぐれもないようにと老いぼれは願う。

塚本晋也氏も語っているように、(政治が生み出す人殺す「正義」己の「正気」保て)に強く共感する。正義のための戦争(政治家、経済界等支配者の利益)と云う殺し合いなどあってはならないと思っている。

そうそう、昨日の朝日新聞に、「武器輸出の推進提言」経団連、防衛産業強化求めると出ていた。金儲けのためになりふり構わず、人殺しの武器を輸出させるように主張する経団連は「糞くらえ!」である。

今朝の猫の額の菜園を撮る。大根、葱、春菊はすくすくと野火(違った伸び)、味噌汁の具になりそうである。青紫蘇は花も実もつけた。しごいて佃煮にすれば一品になりそうだ。

Dscf4394

Dscf4395

Dscf4397_3

Dscf4396

2015年9月15日 (火)

腸ねん転

朝食、ネットを見て、家内の買物等(Fスーパー・郵便局・H倶楽部)に同行、帰宅後60分散歩する。散歩中にM氏(現役時代の同僚)に会う。久しぶりに出会ったが、開口一番、「腸ねん転で手術した」と下着をまくり胃から下腹にかけての縫合した傷跡を見せる。大きな傷で切ったばかりと思われる(老いているので皮膚の老化は如何ともし難く、縫合も若者のように綺麗ではなかったが)傷跡を見せられた。8月に腹の痛みに耐えかねて緊急入院したそうである。暑い盛りでエアコンの効いた病室(個室)で気分は良かったと負け惜しみを言っていた。日頃歩いていてこういう機会はあり得ないが、珍しいものを見せられた。たまに(最近はご無沙汰しているが)温泉に行くと、時折入湯中の人の古傷を見せられると自然に目が行くが、人間長くやっていると、戦争に行かなくてもいろんな傷に出くわす。傷といえば、総合病院の新米医者の餌食になることが、多々ある。これは臨床経験を積み重ね、1人前の医者なる研修医の犠牲者になるようなものである(そうでない場合もあるが)。小生も30代の頃、脂肪の塊がわき腹にできて切り取られたが、結果は良性腫瘍と診断された。モルモットにされたのではないかと今でも疑心は晴れない(大袈裟かな?)。Mさんは、これから5km歩くと言っていた。元気になって良かった。無理をしないようにと言っておいた。彼のような状況になった時、日頃は、天命、天寿、偶然の積み重ねとか悟りきったようなことを言っているが、蚊のように泡食ってショック死していたかも知れない。12時に帰宅すると天然鰤の塩焼きと麦酒が待っていた。明日のことはわからないが、生きているということは、美味いものに出くわし、美酒に酔い有難いものである。政治家、企業家、作家、芸人等の有名人のような贅沢はできないが。