ウェブページ

Powered by Six Apart

お気に入り

« 2015年5月 | メイン | 2015年7月 »

2015年6月

2015年6月27日 (土)

紫陽花2

地域活性化のためのイベントが彼方此方で花盛りである。メディアの紫陽花の見頃もここ数日(賞味期限?)、65,000本と言う宣伝文句に煽られて、雨が降ったりやんだりで、どんよりと曇った空ではあったが、のこのこ出かけた。渋滞もなく高塔山の山頂駐車場に簡単に着いたが、駐車する車もまばらだった。それなりに紫陽花は美しかったが、一部は色褪せて終わりに近い花も見受けられた。展望台からは、雨曇りの空へ、製鉄所の煙突から吐き出す煙も見られた(公害華やかなりし時代から天気の悪い日は煙の色が濃ゆかったが、今も同じようなことを企業はやっているのかな~?)。展望台からは、1962(昭和37)年開通した「若戸大橋」も見えたが50年以上経つのに健在である。ブラブラ散策したが、イベントイベントと言うわりには、人も少なく拍子抜けであった(人込みを好まないので好都合であったが)。

小雨に煙る風景を何枚か撮る。紫陽花のてんこ盛り(上段)音楽堂周辺の紫陽花(下段左側)展望台から若戸大橋を望む(下段右側)

Dscf4225

Dscf4215

Dscf4224

Dscf4232_2

本根?(余禄)

この前まで、NHKの経営委員をしていたらしいが知らない作家である。「沖縄2紙をつぶさないと」と「冗談を言った」のだとメディアを賑わしている。擁護するとある知事は、この作家にも「表現と言論の自由」があると言っているが、それ以前の問題と思っている。戦前、戦後の沖縄の歴史、沖縄県民の犠牲を少しでも知り理解しておれば、沖縄県民の心情を逆なでするような冗談は言えるものではないと思う。

「晩成の郷」の野菜等の成長振りを撮る。胡瓜・トマト・茄子(上段左側)南瓜(上段右側)さつま芋(下段左側)琉球朝顔が今年も花を咲かせ、勢力範囲を拡大中です。頑張れ沖縄!(下段右側)

Dscf4200

Dscf4203

Dscf4205

Dscf4208

 

2015年6月26日 (金)

ボウリング6

今日は、1週間ぶりのボウリングである。同好会の中で一番上手なIさんが仕事で休んだので、インストラクチャーのKさん指導の下3人で3ゲーム行った。あの手この手で指導してくれるが、思うようにボールがレーンを走ってくれない。滅多にストライク、スペア―等はでないが、出ると人間の本能(欲)が邪魔して、投げたボールが右や左に走り、ガーターになる。指導の中で、スパット(ターゲット)にタオルをぶら下げてくれて、ここを狙って投げるように指導されるが、遠慮してタオルの左右を通過する(たまにぶら下げたタオルの真下を通過すると残ったピンが倒れてスペア―がでるとグループでハイタッチとなり嬉しくなる)。結果は、300点満点には程遠く、結果平均100点と言ったところである(1週間1回3ゲームの練習では上達しないのが当然か)。隣の女性グループは、投げ放題サービスで13ゲームをするそうで(朝から夕方迄頑張っているのかな~?)、入会した時期は、我々のグループとあまり変わらないらしいが相当レベルが高く、1ピン残っても上手にスペア―を取っている。反対側のレーンの若いグループは、投げるスピードが違い、リリースからピンに当たる迄のスピード、当たった時の音の凄さは、やや難聴気味の耳にも鋭く聴こえる。こういった人達に挟まれてボウリングをしていると、めげそうになるが、自分に「健康ボウリング教室」と言い聞かせながら、元気な間は続けようと思っている。先日、メディアはボウリングも東京オリンピックの一次選考8種目の中に残ったと報道していたな。元気であれば、5年後は200点を狙いたい(妄想)。今日も、汗をかいた後の麦酒は、最高だった。喉をスーッと過ぎて行った。

※(先日のドライブで「紫陽花まつり」見た神社傍の花と小川を貼付する。)

Dscf4175

Dscf4177

2015年6月22日 (月)

父の日

昨日は、父の日(日本経済活動の一貫に便乗して⇒便乗させられてか?)で、娘が、浜松の鰻(有名店?)を取り寄せてくれた。麦酒の肴に、かば焼きを食したが、味は濃いめであるが旨かった(濃いめであるから旨かった?)。「腹八分目」と言う諺は、長年人間として生きて来ているので知ってはいるが、旨い鰻と好きな麦酒で、ついついブレーキが効かなかった。勿論かば焼きだけではなく、サラダ、煮物とアルコールのお蔭で食欲全開、〆は、かば焼きを「ひつまむし風」に食して腹一杯の昼食は終わり、酔って眠って太平楽であった。今朝、体重を量るとものの見事に太り、血圧も少々高めであった。いつまで経っても猿と一緒で反省はするが、人並みに歳を取っても、人間としての成長はしないものである。

ボウリング5(余禄)

先週金曜日、「初夏クラブ」定例のボウリングに行って来た。先々週の結果が良かったので、更ななる点数アップを狙って意気揚々と出かけたが、帰る時は意気消沈であった。3ゲームの平均得点が100点以下、100点満点だと98点は素晴らしいと強がり(負け惜しみ?)を言ったが、内心悔し涙であふれていた(まだやる気があり、ファイティングポーズが取れると言う裏返し)。グループの他の3人は、相当高レベルの平均175点をたたき出すIさんを別格として、MさんTさんも平均150点前後である。相当な開きがあると云う現実である。長年の机上中心の生活の積み重ね(これは自分を擁護する弁明?)、高齢化に伴う運動機能の低下による、老化現象が原因で止む得ないことだと自覚している(練習前のストレッチ体操でも息がはずみ足が少々もつれる)。しかし、新しい出会いがあり(男ばかりでちょっと残念ではあるが)、和気藹々楽しむ場所ができたので喜んでいる。他の3人が意欲をそぐことのないように、レベルアップに努めたい。つまり追いつき追い越したいと言う気持ちなのです(挑戦するぞ!)。

今日の猫の額の菜園を撮る。今年は、胡瓜の出来が良く沢山収穫したので、生で、サラダで、床漬で美味しく頂きました。まだ、花が咲きもう少し期待できそうです。ジャガイモは男爵を植えていましたが、これもそれなりに収穫して、毎日のように味噌汁の具やサラダ等に頂いております。後は、トマトと南瓜(勝手に生えました)が出来そうで、期待してま~す。

Dscf4196

Dscf4199

Dscf4193

Dscf4187

2015年6月15日 (月)

紫陽花

昨年も新聞の地域欄で見た「あじさい祭り」に行き、ブログで発信した記憶がある。今年も、ローカル版の新聞、テレビを見ていると「あじさい祭り」がでていた。土日の混雑を避けて出かけて来た。高速道路が少し延長されたとはいえ片道2時間余り、1車線通行の部分もあり、若いドライバーに気を使いながら(追い越したいだろうな~)の運転は疲れる。1部2車線の所に来ると、若い人達は元気よく凄いスピードで追い越して行く(ノロノロ運転がと思っているだろうが)、やれやれと言った気持ちになる。途中で高速道路の繋がっていないところがあるが、みかん畑の所有者が抵抗しているらしい。自分の大事なみかん畑が高速道路によって分断される気持ちは、心情的には十分理解できるが、利用者としては辛いところである。同じ抵抗するなら、原子力発電所、核兵器、戦争参加(予定)に反対して貰いたいと思ったりする。昼前に到着、今年の紫陽花も綺麗であった。遠い道を辿り来た甲斐はあった(今年の紫陽花を撮る)。帰途は、高速道路ばかり走ると疲れるので、一般道を走り、コンビニでお握りを買って、神社の境内を拝借して昼食にした。鬱蒼とした樹木に囲まれた由緒あるような神社(大富神社)であった。奉納された石碑?を見たが、太平洋戦争前の千円(現在の200万円程度)の寄進が記されていた。この郷土の出身で、大阪で立身出世した人なのだろうか?郷土愛の素晴らしさを垣間見た気持ちにさせられた。ついでに、久しぶりにと言うか、何十年かぶりに、平尾台(青春時代の思い出はあるが、ここではパス)をドライブする。平日のせいかも知れないが、すれ違う車もほとんどなく、整備されたパーキングはがら空き状態であった。若い頃は、人出が多かったような気がする。今もこの自然は素晴らしいとは思うが、あちこちに朽ち果てたような建物が点在し、限界集落的な景観を感じさせた。今日は、疲れていたのだろう。帰宅早々に午睡するも、1時間ほどで起きると元気を回復した。ガソリンもエンプティ、麦酒もエンプティなので、給油と麦酒を買いに走る。麦酒小2缶飲んで、珈琲を飲みながら今日の日記を纏める。1日無事に終わったようである。明日も無事是名馬を願っている。

紫陽花と田園風景

Dscf4146

Dscf4144

Dscf4163Dscf4162

Dscf4157

Dscf4168

寄進碑と大富神社

Dscf4172

Dscf4174

 平尾台と天然記念物碑

Dscf4181

Dscf4180

2015年6月14日 (日)

ジャガイモ

Fさんが植えてくれたジャガイモ(メークイン)が収穫時期になり、先日、Fさんから早く掘れ掘れと言われていたので、家内と掘りに行った。小さな1畝だけのジャガイモ畑ではあったが(無農薬で腐葉土だけの畑)、掘ると大きな山ミミズが沢山住みついていた。ジャガイモがゴロゴロとビックリするぐらい出て来て思いもよらぬ収穫であった。猿蟹合戦の猿ではないが、Fさんの好意に甘えて、収穫時期だけ少し汗をかくが有難いことで、感謝感謝である。帰途、知人等におすそ分けして、帰ってからも、近隣宅にもおすそ分けしたが、まだまだ沢山あるので、娘の勤務先の人達にもおすそ分けしようと思っている。少し腰が痛くなったが、喜んで貰えるなら嬉しいことである。我家の猫の額の菜園も、ジャガイモが出来ているが、我が家だけでは食べきれないと思うので、これも誰か貰ってくれればと思っている。

収穫したジャガイモと我が家の菜園に残っているジャガイモを撮る。

Dscf4132Dscf4130

Dscf4135Dscf4137

戦前戦後を生きているが、この70年世界の戦争に巻き込まれることなく、経済的にも贅沢は言われないが、それなりに安定した生活をして来たと思っている。ラッキーだな~。昨今の政治・経済は、一般国民から乖離し、遠いところでワイワイガヤガヤやっているように思えるが、子々孫々に平和と幸福をもたらしてくれるのだろうか?

2015年6月13日 (土)

ボウリング4

昨日は、初夏クラブと言うボウリングクラブとなり、3回目の同好会であった。孫のような指導者のFさんの的確なご指導で初めて素で154点をたたき出した。前回まで100点に満たない点数であったが、これで少しやる気が出て来た。人間とはいい加減なものである。人間は大なり小なり躁鬱があるので、これから先も、ボウリングの腕が順調に伸びるとは思ってはいないし、詰まらない生きがいかも知れないが、もう少しレベルアップを図りたいと思っている。

最近感じること

老いる

現在の自分を見ると、年齢と時代と共に生きて来たと思う。今があるのは偶然以外の何物でもないような気がする。子どもの頃、学生時代とそれぞれに喜びも苦しみもあった。就職、退職してからも然りである。生きて来たから今がある。しかし老いると言うことは、半分、否それ以上に彼岸の地に足を踏み入れている状態と言っても過言ではない。若い頃は見るもの聞くものに感動を覚えたものである。今は、テレビも見ても、ニュースを見ても感動がない。事件、戦争、経済、独裁、紛争、歴史、政治、選挙、民主主義、憲法、地球人、地球環境、原発、核兵器等々、地球で起こりうるありとあらゆる事象に感情が鈍磨してしまい(メディアの影響?)、人類の歴史を見れば、所詮、詮無き事よ~な~と思う昨今である。いろんな事象に対して、興味も関心も乏しくなる。テレビに氾濫するニュース、情報、ドラマを見ても、焼き直し、繰り返しの感じがする。最近のコマーシャルを見ても聞いても、説得力があるような、早口のキンキラキンの声であるが、如何わしく馬鹿馬鹿しく感じる。若い頃、三船敏郎が主役の「宮本武蔵」の映画を見たが。お通の役をしていた清純で憧れの女優(八千草薫)が、最近よくK潤のCMでお目にかかるが、青春時代の夢を壊された気持ちになる。芸能人(俳優)は、老いても人前に顔出しするのかな~、自己顕示欲が強いのかな~。

乱読

先日、小川洋子「博士の本棚」、池田敏秀「昭和の子供は青洟をたらしていた」、池田清彦「やがて消えゆく我が身なら」、岡野薫子「森のネズミの山荘便り」、小沢昭一「笛にうかれて逆立ちすれば」、小川洋子「犬のしっぽを撫ぜながら」、小田嶋隆「場末の文体論」「もっと地雷を踏む勇気」と言う本を借りてきたが、ボチボチ読んでいる。老いてもそれなりに日々野暮用があり、消化しきれないで、中途半端に読んでいるが、すべてを理解することの難しさを感じている。今のところ、共感させてくれるのは、池田清彦氏「やがて消えゆく我が身なら」である。人間も生物の一つであり、歴史を辿ると、金鳥香取の世界「つまらん!」である。

ええかっこし

小田嶋隆氏「もっと地雷を踏む勇気」を読む。大阪市長「橋下徹」の言行録が出て来る。これ対していろいろ語っているが、共鳴出来るところが多々あった。大阪弁で「ええかっこし」と言う言葉があったような気がするが、橋下徹氏はこれではないかと感じた。それで知事選も市長選も当選して来たのであろう。国民(愚民)の気持ちを掴むことが大変上手いタイプで、国民の格差社会の鬱積を利用し、唆した結果であると言える。世界歴史の中で、このような政治家、支配者は多数輩出してきており、それのエスカレートのうえ、独裁政権、侵略戦争、今も続く紛争が破綻して来たのも事実である。この本の中で、維新の会が10年後まで存続するかと暗示しているが、今の時点でも、橋下徹のパフォーマンスに過ぎなかったことが判りつつ消滅へと向かっている。本来民主主義とは時間のかかるものであり、橋下流の即効薬は副作用の強いものである。

人間社会の騒々しさに比べ、自然は泰然自若堂々としている。「なすがまま」が素晴らしい。「晩成の郷」の菜園は、南瓜もトウモロコシもさつま芋も枝豆も自然に任せて成長している。自然は有難い。

Dscf4122

Dscf4124

Dscf4125

Dscf4127

2015年6月 6日 (土)

読む

先日借りて来た本の返却日が明日である。借りて来た本は極力読んでしまう覚悟を決めて借りて来るが、毎度毎度、最初読み始めて面白くなかったり、興味が湧かなかったりすると読まないままに返却してしまうことが再三ある。今回借りてきた本は、村井重俊氏(街道をゆくの週刊朝日の担当記者)の「司馬遼太郎番の6年間」、阿川弘之氏(娘はタレントの阿川佐和子)の「汽車に乗って、船に乗って」、林真理子氏の「最初の男はたたき台」、中島義道氏の「人生に生きる価値はない」、車谷長吉氏の「世界一周恐怖航海記」、半藤末利子氏(漱石の孫で作家半藤一利氏の妻)の「漱石の長襦袢」、五木寛氏の「旅のヒント」、宮部みゆき氏「平成お徒歩日記」の計8冊であった。老いて来ると、著者には申し訳ないが、本の選択も読み方もいい加減なものである。久しぶりに借りて来た本の80%を消化した。内容的には、それぞれの作家の生き様が感じられ面白いと言えば面白かった。しかし、老いて鈍磨した脳には、読んだ時は面白いと思ったことが、過ぎてしまうと殆んど記憶に残っていないし、感化を受けることもない。強いて印象に残った本は、中島義道氏の「人生に生きる価値はない」は哲学者で理屈っぽいので理解が難しかったが、人付き合いの悪い生き様、自己主張の強い生き方には共感するところがあった。

先日の飲み会での写真、緑に包まれたボタ山を追加する。

Dscf4116

Dscf4077

Dscf4120

Dscf4094

 

2015年6月 1日 (月)

バーベキュー

Nさん(悠悠庵代表)から「菜園で懇親会をするので来ませんか」と声をかけられた。行って見れば、野趣豊かと言えばその通りであるが、ビニールテントを張っただけで、どこから調達して来たか知らないが、椅子もテーブルも相当年季が入っており、畑と雑草の中で10人ほどの同好会員が飲んで食っての放談会のようなものであった。自然だけは素晴らしいが、電気も水もなく、夜は漆黒の闇になるので12時スタートとなった。そばを打ち、菜園づくりにいそしむ悠悠庵の人達のイベントである。60代半ばの人(団塊の世代が)が中心のグループでNさんの統率力とそれを支える複数の船頭?のせいか、うまく運営されているようである。みんなが持ち寄った、牛肉、牛ホルモン、鹿肉、猪肉、鯵の干物、傍の菜園で採れた、玉葱、大蒜、ピーナッツ、床漬(胡瓜・大根)を酒の肴にして、麦酒、焼酎等々を酌み交わした。老いているので大事にされていることを感謝しながら、良い気分(酩酊状態)でタクシーにて帰宅したが、昼酒はよく効いた。人生の終わり近くになって、こんな贅沢があって良いのかな~と思ったが、明日は血圧が上がったと大騒動して家内から小言を頂くのではと不安になる。

この場所は、炭鉱華やかなりし頃は、ボタ(選炭された石炭以外の部分⇒捨石)を積んだトロッコが高台に巻き上げられ、少しずつ山になっていったところである。炭坑節ではないが、一山二山三山越えで、3か所以上あったボタ山は、60年以上経過するうちその面影もなく、立派な緑の小山になりボタ山には見えない。1901(明治34)年官営八幡製鉄所ができ二人三脚のように炭鉱が発展し、この町は小さな農村集落に過ぎなかったが、炭田(室町時代に燃える石して利用されていたと言われている)が発見され、炭鉱会社が進出、農地、山林を買収して炭鉱の町を作りあげ、本事務所、社宅、病院、学校、大浴場、理髪等々を備えていた。世界遺産登録とメディアが騒いでいる軍艦島を彷彿させるような規模であったが、平面的で海中の島でなく川の流域に広がる台地で、この町の大半を占め、広大な炭鉱が所有する用地にへばりつくような商店と住居が点在する集落からなっていた。炭坑の閉山の頃は、団塊の世代の時代になり、都市のドーナッツ化現象で、沢山な団地が造成され、村から町へと大きな変化が見られ、住宅地にはなっていった。それも今は、団塊世代の高齢化に伴い、限界集落的な要素を多分に持っており、各団地の商店街もシャッター街になり、高齢者は、日常生活用品の買物等が不便な現実がある。弘法大師ではないが、時代と共に生きることの難しさを痛感する。

今日を撮る。飲んで食べて、カッポ酒、野菜は産直?〆は刷毛塗りの焦げ目のついた焼きお握り、飲んだ喰ったの1日でした。ついでに、周辺の景色も少し。

Dscf4088

Dscf4090

Dscf4110Dscf4100

Dscf4091_2

Dscf4115

Dscf4079

Dscf4119