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2015年1月

2015年1月28日 (水)

閃輝暗点?

50代の頃、仕事中に眼の中に円形でギザギザがついてギラギラ輝き、その円形部分が見えにくい状態になったが、次第に拡大して行き30分程度でおさまる症状が出た。泡くって眼科にとびこんだことを今でも鮮明に覚えている。紹介状をいただき総合病院の眼科で検査を受けたが、主治医は若い先生で、様子を見ましょうと診断結果ははっきり言わなかった。あれから20年、今も時々その症状が出る。その間に新聞やネットで調べながら知恵がつき現在に至っている。素人判断であるが、結論から言うと閃輝暗点ではと思っている。大阪大学の医学部教授の(朝日新聞医療質問「どうしました」)回答から判断すると、飲酒、ストレス、疲労、人込み、騒音、パソコン、きちょうめん等が引き金になるそうで、頻繁に起こるようであれば、脳腫瘍が隠れている場合があるそうです。

昨年は、8月初めで症状は打ち止めになり、半年程出なかったが、今年1回目の症状が出た。原因は飲みすぎ?パソコンのし過ぎ?疲労?ストレス?どれをとってもそれほど無理はしていないと思うのだけどな~(数年前のMRI検査では脳腫瘍の心配はないとのこと)、年齢的にも十分生かしていただいているし、いろんな意味で神経質になることもないかな~と思う昨今である。ネットで見たが、作家の芥川龍之介氏も閃輝暗点の症状があったらしい。短編小説『歯車』から(僕の視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを?——と云ふのは絶えずまはつてゐる半透明の歯車だつた。僕はかう云ふ経験を前にも何度か持ち合せてゐた。歯車は次第に数を殖(ふ)やし、半ば僕の視野を塞(ふさ)いでしまふ、が、それも長いことではない、暫らくの後には消え失(う)せる代りに今度は頭痛を感じはじめる、——それはいつも同じことだつた。)

Fさんが植えてくれた、スナップエンドウとグリンピース、収穫に向けて(まだまだ先のことであるが)竹で棚を作って準備してくれた。有難いことです。

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田舎暮らし擬きの日々だが、世界でも日本でも考えられないような、事件が起こっている。イスラム国の人質だった日本人の1名が殺されたニュースが流れていたが、どうにかならなかったのか。日本でも人を殺してみたかったと言う19歳の大学生の77歳高齢者殺人、警察官の不倫始末のための殺人等々、情報の氾濫は、否が応でもとびこんでくる。人類の英知で平和で安全、暴力のない世界を築くことは、未来永劫の夢なのか

2015年1月24日 (土)

世界の三大宗教

ここ数日、ハラハラドキドキの日々が続いている。人質にされ身代金を「イスラム国」から要求されている。72時間を過ぎた今も交渉中らしいが解放されていないようである。人それぞれの思いや考えは、国も本人、家族もあると思うが、粘り強い話し合いによって理解、解決することを願うばかりである。

この問題から世界の宗教をネット(ウィキペディア等)で見た。世界の人口は70億人を超えているが、キリスト教20億人、イスラム教(イスラーム)13億人、仏教3億6千万人の3大宗教の信仰者で世界人口の過半数を超え、しかもこれらの宗教は世界各国に分布しているらしい(世界に広がっているから世界の3大宗教と言われている)。これ以外にも、信者9億人と言われ、一国限定的なインドのヒンドウ教、イスラエル紛争で有名なユダヤ教等がある。更に付け加えると、三大宗教やその他の宗教から枝分かれした宗派はもの凄い数になり、世界中には、理解できないような狂信的、非日常的な宗派もある(我が国でも、サリンという宗教事件があり裁判が続いている)。

政治と宗教が複雑に絡みあう世界での指導者の舵取りの厳しさが増している。地球の片隅でひっそり生きていられることに感謝しつつ、政治の成熟により民主・公平・言論・平和等が実現出来る時代が世界に早く来ることを望みたい(無理かな?夢かな?幻かな?)。

グリーンピースとスナップエンドウの畝、元気よく伸びているようです。収穫の期待が高まります。この雑木林をのぼって行くと山の神神社(旧炭鉱の守り神)ですが、今は民有地なので不法侵入になるかも?

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2015年1月22日 (木)

スーパーマーケット

相当以前?からやっていたことであるが、特に最近は家内の買物に同行(つまりアッシー?)することが増えた。これも歳のせいかもしれない。家内の買物が済んだ頃を見計らって、店内に入り赤帽(つまりポーター?)になる。買った食品等をポリ袋に詰め込むのであるが、これがまた難しい。要領よくやらないとポリ袋の座り心地が悪く、後部座席に積んだ時に、運転中に中身が出てしまう。老いて来ると日常生活の守備範囲が変わり面白い。小生は、買った商品のチェックはしないが、配偶者は厳しくチェックしている(家計簿を付けるのが趣味?生きがい?)。レジの打ち間違いを見つけると係に不服申し立てして返金して貰っている(値引き商品の値札が訂正されずそのまま売られ10円~100円前後損をするケースが多々あるそうである)。値札よりも安い場合(めったにないそうである)は、特に異議申立はしないそうである。これは店側の職務怠慢であると割り切っているようである。店にとっても10円20円の異議申立する一人や二人に返金しても、大多数の消費者はレシートのチェックはせず、不当利得をする店を容認しているからである。いずれにしろ値札の貼り替えが頻繁に行われるのは、店舗間の競争が激しく、パート社員等がバーコードの変更と値札についていけないのではないかと思う。消費者は買物にもっと注意を払うべきと痛感した。

今日のネットからであるが、東洋経済オンライン「中原圭介氏⇒エコノミスト」)の記事を見ると、スーパーの売上高はアベノミクス後も一向に増えていないが、富裕層を対象にする百貨店は増えているそうである。割引のある日のスーパーの駐車場内は、ひっきりなし車が出入りしている。一般消費者は、厳しい経済の現実を敏感に受け止めているのではないかな~ 中原圭介氏風に言うと、安倍さん、失礼!安倍総理は運がいいなあ~石油価格が下がって良かったね~

たわわになったレモンとメジロです。メジロは2羽止まっていますが見えるかな~

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2015年1月17日 (土)

あれから20年

阪神・淡路大震災から20年になる。日頃は忘れ、日々の生活に埋没していますが、その時が来れば、マスメディアが思い出させる報道を頻繁にくり広げ、私もその影響で思い起こします。2005年1月17日未曽有の天災が起こり沢山な方が亡くなられ、沢山な方が、生活も住み家も破壊され茫然自失の絶望の中に追い込まれたと思います。今、復興を旗印にして現在があると思います。しかし、それぞれの人生観もあるとは思いますが、生きている限り心の傷は癒えないと思います。辛いものです。私もこの年の1月15日に母が亡くなり、関西から弟・妹が葬儀に来ており、飛行機が飛ばない鉄道も動かない状況に追い込まれ、帰れなかったことが強く印象に残っております。残された方は、複雑な苦しみがあると思いますが、それをのり越えて力強く生きてほしいと願うばかりです。私もこどもの頃は、阪神電鉄沿線に住み阪神タイガースのファンでした(今もファンであることは変わりません―タイガース命!)。電鉄の高架が倒壊し、電車が壊れているのをテレビで見てびっくりしたことを思い出します。その阪神電鉄、見事に復活し奈良市迄運行されるようになっています。被災者の方が頑張って欲しいと祈るだけです。

今日は、風は冷たかったが快晴でした。久しぶりに近場の公園周囲を7周しました。ざっと5km強です。老体には少し疲労感が残りました。こども達のサッカーチームが、試合のため続々と集まりテントを張っていました。

風景をデジカメにおさめました。公園案内図(上段左)。炭鉱遺跡と跡地のバス駐車場(上段右)⇒この炭鉱は「高倉健」とは縁があるようです。

サッカー試合の準備をする指導者等(中段左)。自然が一杯!周辺の河川と堤防(中段右)。

公園と空(下段左)。炭鉱閉山救済の失対事務所、公園の一角に今も残る。(下段右)

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2015年1月10日 (土)

いつかはクラウン

1980年代?のテレビコマーシャルで「いつかはクラウン」と言うのがあった(今のクラウンのコマーシャルはわからんわからん)。現役時代の私もいつかはクラウンに憧れ、一度でもクラウンを持つ身になりたいと思ったものである(今の若い人達は馬鹿じゃないのとなる)。そして、今そのクラウンと決別の時が来たようである。あの頃CMに憧れ、現在までに3台のクラウンを乗り換えたが、退職等により生活環境を縮小して来たので、今の生活に適した、しかも家族で共用できる車に切り替えようと決断した。車検も近づいており、久しぶりに以前購入したH販売店に車検見積に行った。ところが、懐かしいセールスマンや技術社員に会い、営業課長になった技術社員は、弁舌さわやかに説明するので(これはまさに振込詐欺氏の世界に飛び込んだようなものである?)、覚悟して、えい!ままよと清水の舞台から飛び降りた。詐欺師と違うところは「車という物」は必ず提供されるし、車は時代と共に進化しており、振込詐欺氏のように紙切れ(紙幣)を取って頬かむりしないので安心である。下取り価格で歯ぎしりさせられたセールマンは、営業努力の結果だろうか副店長になっていた(当時客である私に悔し涙を流させたからこそ会社から高く評価されたのであろう)。話しながら検討したが、懐かしい気持ちが強く、自分の気持ちが銭金の世界から離れていた。生きて行く上では危険ではあるが、老いて来ると、昔出合った人を安心して信頼する傾向があるようである。帰宅後、新車を購入すると言ったら、家族からの反対もなくスッキリ決まった(自分の金銭感覚が信頼されているのか、抵抗しても無駄と思われたのか不明である)。

なお、私は、Tと言う自動車メーカーからビタ1銭CM料を頂いていないことを明記しておきます。

新車納車日(2006年2月)に販売店で撮ったとのと2年前の写真、車も老化したかな~

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2015年1月 9日 (金)

狼が来るぞ

昨日の朝日新聞(朝刊)1面に認知症2025年推計700万人、65歳以上5人に1人とでていた。政府が策定する「認知症国家戦略」の全容が7日明らかになったとある。この記事を見て、2025年までに高齢者入りする人はどういった気持ちになるだろうか?将来5人に1人と聞いて、ひょっとすると自分も認知症の仲間入りするのではないかと、将来に不安を抱き、慄いた人がいたのではないかと思う。こういった報道は、10年先の予測であり、高齢に向かおうとする人たちの不安増幅の片棒を担いでいるような気がする(忘れっぽいのでそう心配しないでよいかな?)。昨年は、デング熱の大騒ぎに始まり、エボラ熱騒動、最近はインフルエンザ等でテレビ・新聞等メディアが大騒ぎし、国民の中には過敏に反応して、不安と恐怖に追い込まれた人がいたのではないかと思われる。その結果は「大山鳴動鼠一匹」である。歴史の中では、いろんな出来事の繰り返しが多くみられ、人類は戦争、テロ、伝染病等による混乱とパニック、それが現在も続いている。イソップ物語の「狼が来るぞ」の羊飼いの少年は、最後は本人が狼に食べられ責任を取るが、企画した国の政府・官僚も報道したマスコミは食べられることはない(責任は取らない)。国民は政府とお先棒担ぎの報道に対して、疑いと冷静な判断で将来を見ていく精神が涵養である。すべての人は、最終的には死という不可避、絶対的な運命が来ることは保証されているのだから、まあ、肩の力を抜いて気楽に生きていきましょう。認知症になったら、ひょっとしたら死の恐怖から逃避できるかも知れませんぞ!

「晩成の郷」周辺の木々も春に向けてのウオーミングアップしていました。白木蓮と紅梅。

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2015年1月 7日 (水)

哲学とは

年明け早々に図書館に行って、哲学者土屋賢二氏の本を借りて来た。「純粋ツチヤ批判(カントの純粋理性批判をもじってのタイトル?)」の続きである。タイトルは「簡単に断れない」・「妻と罰」・「貧相ですが、何か?」・「幸・不幸の分かれ道」の4冊である。読んでみるとやはり面白いが、パターンが決まって来ると、正月料理の食べ過ぎと同じように食傷気味になるし、氏も書かれているように、内容が面白いとあまり印象に残らないと言っているが、その通りである。最近テレビを見ていると、子どもやタレントもイベントやグルメ番組で、おもしろかった。おいしかった。楽しかった。旨い!美味しい等々の言葉を発するが、2~3秒で何ぼの世界でしゃべるのだからか、その程度の経験しかないのかどうかは知らないが、具体的に詳細に語る人は少ないようである。自分も弁解的であるが、老いたせいで物忘れしやすくなったことや感情・情熱等々の劣化のせいで、読書感は、面白かった!笑った!としか言えない。

哲学とは?であるが、確か学んだような気がするし、哲学と言うその言葉は今でも記憶にあるが、どんなものかは忘却している。面白い本に出合って(哲学者としてお書きになっておられれるだろうから土屋氏からお叱りをうけそうであるが)、少し興味が出てネットで調べて見た。プラトン・ソクラテス・カント・デカルト・パスカル・ダンテ、何か聞いたような歴史上の人物であるが、みなさん有名な哲学者らしい。学生の頃、教養課程でマスプロ(学生が500人程度収容できる教室)で受講したような記憶もあるが、中身は全然忘れた。ただデカルトの格言「われ思う故にわれあり」は重箱(脳)の隅に残っている。しかし、その意味は知らない。調べたら「思考する私の存在こそが真理である」とある。ついでにカントの格言「哲学は学べない 学べるのは哲学することだけである」とある。哲学とはgooの国語辞典では、「1 世界・人生などの根本原理を追及する学問.....後は省略(わからんわからんの世界) 2 各人の経験に基づく人生観や世界観。また、物事を統一的に把握する理念。」ともある。哲学とは、自分の人生そのものとの結論に至った。これからも、自分の経験に基づく、人生観や世界観で、宇宙、地球、日本の片隅に存在する限り、哲学者を見習い疑り深く人生を歩んで行こう。

昨日の「晩成の郷」駐車場周辺 グリンピースも寒さの中で元気に成長している。

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2015年1月 2日 (金)

年賀状

「正月や冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし...一休和尚」。今年も1年の幕が開いた。年賀状が届いていたが、高齢化に伴い、年々賀状の減少傾向が見られる。「年々歳々花相似たり歳々年々人同じからず」である。人のことは言えないが、内容は形式的、画一的なものが大半である。昨年メディアの餌食になった小保方さんではないがコピペ?宛名から内容までPC、印刷や委託等による印刷物で、元旦の新聞に沢山入っている広告チラシとちっとも変らない。かといって、この時代に手書きで、相手を思い出しながらぼつぼつ書いていては、「馬借に合わない?」である。弘法大師ではないけれど、「時代と共に生きる」と言ったところか。内容的には、ウオーキング、ゴルフ、登山、魚釣り、旅行、飲酒の1年報告?が多く、後は幸、繁栄、健康、元気、励まし等の紋切型の文面が多かった。学生時代の友人(遠いので卒業後一度も会ったことがないが)は、午前中にウオーキング、畑仕事、昼酒を飲む日々と手書きしていたが、字体は学生時代と変わらず懐かしかった。日々の生活にも共鳴・共感した。

年賀状を見ながら昨年の年金の現況届を思い出した。これをしないと年金がストップするので、年金生活者としては年に1回必ず「生きてるぞ!」と現況報告を提出する。年賀状は個人的な付き合いではあるが、やはり「生きてるぞ!生きてるか!」で、失礼な言い方ではあるが、お互いに年に1回の現況報告と言ったところか。

初詣では「多賀神社...直方市」と決めている。年1回だけの氏子擬きであるが40年以上続いている。この日は、全国的に寒い元日となったが、参拝・初詣客も大幅に減少、この寒さで猿回しも開店休業中であった。

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